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中国というシステム(1)毛沢東語録について

中国にかんして思いついたことを書いていきます。
1.毛沢東語録のデザインは赤尾の豆単からきた?
 毛沢東語録は、1964年林彪が人民解放軍むけに編集を命じ刊行させ、1966年文化大革命発動とともに、一般向けに出版・配布が開始され、総計65億冊が印刷されたといわれる。当時の文革の写真を見ると、紅衛兵を始め、壇上の政治家たちもみな全員この赤い冊子を手に掲げている。
 赤尾の豆単は、1942年にうまれ、受験生必携の暗記用の単語帳として、戦後の大ベストセラーで、つまりは毛語録より前からあった。サイズといい、ビニールの赤い表紙といいそっくりで、実は、中国人が、日本の受験生が皆持っているこの豆単にヒントを得て、毛語録のデザインを決めたのではないかというのが、わたしの仮説である。
 両方とも手元になく、曖昧な記憶をもとにこんな臆説を書いていささか恥ずかしい。中国の革命、文革の宣伝に詳しい草森紳一氏なら、とっくに書いているかもしれないが。

2.毛沢東語録は読むとなかなか面白い
 毛沢東の語り口は、独特のユーモアと皮肉があり、日本人も知っている成句や漢文的言い回しも多いので読みやすい。(実際は、このなかの文章を引用して深刻な粛清・弾圧の根拠にされたのでもあるが。)これを「超訳」して「毛語録から学ぶビジネスの進め方」とかいうビジネス書ができるかもしれない。(以下の引用は「毛沢東語録」竹内実訳1971年角川文庫による。)例えば:
●仕事の進め方
・問題をテーブルのうえに持ち出さなければならない。かげであれこれいってはいけない。問題があったら会議を開き、テーブルのうえにもちだして討論し、何か条かの決定が出れば、問題は解決する。(p108)
「安民告示」。会議をひらくには、まえもって通知しなければならない。
「兵馬すでに至りて、糧秣いまだ備わらず」であっては感心できない。準備がととのわないなら、会議を開くのに焦ってはならない。(p112)
「精兵簡政」。談話、演説、文章、決議案はすべて簡潔で要を得ること。(p113)
・われわれは、任務を提起するばかりでなく、任務達成の方法の問題をも解決しなければならない。(p198)
●調査の大切さ
「調査なくして発言権なし」このことばは、かつて「せまい経験論」とそしられたが、わたしはいまでも後悔していない。(p201)
・調査は「十か月懐妊」するようなもの、問題の解決は「一朝にして分娩す」のようなものだ。調査とは問題の解決である。(p204)
・理解できないことや知らないことは、下級のものに質問し、かるがるしく賛成とか反対とかを表示してはならない。・・・われわれは絶対に、知らないのに知ったふりをしていてはならず、「下問を恥じず」を旨とし、下級幹部の意見に耳を傾けるのに長じなければならない。まずは生徒になって、それから先生になる。(p109)
・中国の問題は複雑だから、われわれの頭もいくらか複雑にならなければならない。(p90)
●取り組みへの心構え、現場にはいることの大切さ
・仕事とは何か。仕事とは闘争である。そこには困難があり問題があり、われわれがいって解決する必要がある。(p178)
・困難な仕事は、われわれの前に置かれた荷物のようなものであって、われわれにかつぐ勇気があるかないか、問うているのだ。(p209)
・知識をもちたければ、現実変革の実践に参加しなければならない。梨の味を知りたければ、梨を変革し、自分の口でためしに食べてみることである。(p184)
認識は実践よりはじまる。(p185)
・われわれ共産党員は風雨にあうべきであり、世間を知るべきである。(p237)
●たえずチェックすること
・真剣に自己批判すること。家はつねに掃除すべきだ、掃除しないとほこりがつもる。「流れる水は腐らない」*1「知っていることはなんでもいい、いいたいことは全部いう」「言う者に罪はなく、聞く者は戒めとする」「誤りがあれば改め、なければさらに勉む」(p225)
・批判は事がおこなわれているときにすべきである。いつでも事がすんでから批判するくせをつけてはいけない。(p231)
●戦いの進め方
軽率に戦ってはならない。戦えばかならず勝つのだ。(p90)
準備のない戦闘はせず、勝算のない戦闘はしない。(p100)
・大衆が目覚めていないのに、われわれが進撃するなら、それは冒険主義である。大衆が前進を要求しているのに、われわれが前進しないなら、それは右翼日和見主義である。(p122)
●仲間への励まし
・我々は、全国の津々浦々からやってきた。革命という共通目的のために、一つのところに集まったのだ。(p139)*2
・世界はきみたちのものだ。またわたしたちのものだ。だが、結局、きみたちのものだ。・・希望はきみたちの身に託されている。(p248)

3.造反へのアジテーションとして
もちろん、毛語録は、文化大革命という毛沢東による現体制への反逆、奪権闘争のためのアジテーションの武器として使われたので、当然激烈な文章も多い。
・革命をやりたいのだから、革命党が要る。(p20)
・反動的なものは、きみが打たない限り、かれは倒れない。これは掃除と同じで、ほうきが掃かなければ、ごみは自分から逃げ出さないのが通例である。(p29)
・革命は、客をよんで宴会をひらくことではない。文章をつくることではない。絵をかいたり、刺繡をしたりすることではない。そんなふうに風流で、そんなふうにおおらかにかまえた、文質彬彬で、そんなふうに温、良、恭、倹、譲ではありえない。革命は暴動である。ひとつの階級がひとつの階級をくつがえす激烈な行動である。(p30)
・政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であるということができる。(p71)
・鉄砲から政治権力が生まれる。(p72)
・革命の中心任務と最高形態は、武力による政治権力の奪取であり、戦争による問題の解決である。(p73)
・われわれを「戦争万能論」だといって笑う人がいる。そのとおり。われわれは革命戦争万能論者である。・・・われわれは、世界全体を改造するには、鉄砲の力によるほかはない、ということができる。(p74)
・われわれは戦争廃止論者であり、戦争は不要だ。だが、戦争を廃止するには、戦争によるほかはない。鉄砲を不要にするには、鉄砲をとるほかはない。(p74)

4.毛語録の構成と思想
  毛語録の構成は、毛沢東の著作から、①共産党②階級と階級闘争③社会主義と共産主義・・・㉚青年㉛婦人㉜文化・芸術㉝学習というテーマ分類にばらばらに引用するという構成になっているが、読んでいて、整理された感じがなく、なんか雑然とした印象を受ける。階級闘争の定義や論理の長い文章の後に、わたしが上に拾ったような、アフォリズムが混ざるのである。これはたぶん、「論語」のような構成をあえてねらっているのではないか。
 中国2000年の思想、体制を支配してきた儒教を批判しつつも、毛沢東はしっかりとその伝統を継承しているのである。毛沢東思想のなかに、厳しい管理体制を主張した「法家」思想や、戦略論・戦術論としての「孫子」を読み込むことは容易だろう。毛沢東は中国史をもちろん愛読し、みづからの行動指針とした。蒋介石に追われて、井崗山に根拠地をつくったとき、そこにいた山賊に最初は礼を低くして取り入ったのち、ある晩彼らを粛清してそこを占拠したのだが、全く水滸伝そのものである。国共内戦を戦い抜いてた戦略論も、孫子とか三国志の戦略・戦術とみることができる。というより、彼らのDNAに中国の歴史が染みついているのは当然のことであろう。

5.中国の思想闘争と歴史
 中国は2000年前から、日本とは違って「イデオロギー」の国家であった。「大義と名分」がその王朝を根拠づけるので、そのための古典資料が創作されイデオロギーの立場を強化していく。学者と官僚の支えた国家が中国であり、それを担ったのが儒教だった。(日本では天皇制のもとに根本的なイデオロギー論争がおこったことはなかった。「大義と名分」が問われたのは長い歴史の中でたぶん明治維新の瞬間だけであった。)
 南宋や明のころ、官僚の権力争いのために、古典の儒教にもとづく実態に合わない細かい儀礼、対外政策、経済政策に関する議論を重ねて、党派争いを繰り広げ消耗していった。
 中国は、基本的に官僚の帝国なので、いまでも「思想闘争」が行われている。中国における「歴史」はつねに現在の切実な闘争の参照・依拠すべき根本資料であり、つねにアクチュアルなのだ。だから面白い。

*1 今年解体が始まった神田の三省堂書店本店の地下のビアレストランの壁に、だれかの作家による「流れる水は腐らない」が大書してあり、なんか感心していたのだが、もとは毛語録だったのか?
*2 かつて1970年代に、建築や都市デザインをまなぶ学生の間で一世を風靡した「都市住宅」という素晴らしい雑誌があった。杉浦康平や磯崎新による表紙もまたすごかったのだが、その1969年12月号(特集:古いコミュニティの新しい生活)の巻頭のコピーに:
若者は遠くからやってきた けれども 
大内の建物と人々に近づくには ただの一歩だった
彼の眼は建築家の眼 彼の言葉は建築家の言葉だったから
古いよいコミュニティへの情熱と責任において
彼の心は 建築家の心だったからー--
わたしはこれを、もちろん古本で読んで、えらく感動してしまったのだが、書き出しのところは、毛語録の「我々は全国津々浦々からやってきた。」と響きあうというか、関連しているのではと思っている。かつていちどだけ、「都市住宅」の名編集長であった植田実氏にお会いしたことがあって、この大内のフレーズを暗誦したところ、えらく照れておられたことを思い出します。






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