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宇宙業界の「TSA」って何? : 海外ロケットが日本国内で打ち上がる時代へ

この記事は…

◆筆者:宇宙輸送(ロケット)のスタートアップで働いている人
◆対象:宇宙輸送の国際トレンドに興味のある方
◆内容:アメリカのロケットをアメリカ領土外で打上げ可能にする法的枠組み「技術保障協定 - Technology Safeguards Agreement (TSA) 」について解説

※宇宙ビジネスに関するnote記事を毎月投稿する「#まいつき宇宙ビジネス」シリーズ:2024年5月分

はじめに

先月、メディアにて下記の報道がありました。

恥ずかしながら私自身 技術保障協定 - Technology Safeguards Agreement (以降 TSA)についての知見があまりなかったのですが、どうやら民間による宇宙ビジネスにも影響を及ぼしそうな香りがぷんぷんとしてきましたので、自分の勉強のためにも本記事でこのTSAについてまとめてみようと思います。


そもそもTSAとは?

オーストラリア宇宙庁のWebサイトによると、TSAについて下記のように説明をしています。

TSAとは
アメリカの企業や政府機関・大学が宇宙への打上げ活動を [オーストラリア] で行うことを許可するために、アメリカ政府が求める条約レベルの協定である。
この協定は、技術への不正アクセスを防止するために、[オーストラリア] においてアメリカの宇宙輸送技術を保護する拘束力がある法的・技術的な枠組みを確立する。
TSAでカバーされるのは、[オーストラリア] から打上げられる、もしくは戻ってくるあらゆるアメリカの宇宙技術であり、下記のものを含む:
・宇宙機や人工衛星を含む アメリカのロケット
・打上げ活動に関連するアメリカの機器やデータ

出典:Australian Space Agency

なんとなくわかりましたね。
まず、(後述しますが)これまで締結されたこのTSAという形での協定の片方の当事者は全てアメリカでした。

そして、上記の説明をわかりやすく言い直すと、アメリカのロケットの国外での打上げ(もしくは帰還)を、アメリカ政府が許可するために現地の国と締結する協定です。
[ ]で囲んだ部分を日本に置き換えると、日米間のTSA交渉への理解にそのまま適用できる説明になると思われます(推測)。

補足ですが、このオーストラリアの例ではロケットの打上げに焦点がありますが、過去には”アメリカ製の衛星”を他国のロケットで打ち上げることに焦点を当てたTSAもありました(例:インド-アメリカのTSA)。
つまり、
・アメリカの衛星を他国のロケットで打ち上げるためのTSA
(↑に加えて)アメリカのロケット自体を他国から打ち上げるためのTSA
の2種類があり、両者を区別して認識することが必要なようです。

昨今国際的に動きがあるのは後者の方ですので、これ以降 後者の「アメリカのロケットを他国から打ち上げるためのTSA」に絞って取り扱っていきます。

それでは、実際の事例を見てみましょう👇

実際の事例は?

まずは、これまでに締結されている事例は下記のとおりです。

  1. アメリカ - ニュージーランド(2016年締結) ※情報出典

    • ニュージーランドのロケット射場からのアメリカのロケットの打上げを可能に(例:RocketLab・Electron)

  2. アメリカ - ブラジル(2019年締結) ※情報出典

    • ブラジルのロケット射場 Alcantara Space Center からのアメリカのロケットの打上げを可能に。

  3. アメリカ - イギリス(2020年締結) ※情報出典

    • イギリス各地のロケット射場からのアメリカのロケットの打上げを可能に(例:Virgin Orbit)。

  4. アメリカ - オーストラリア(2023年締結) ※情報出典

    • オーストラリア各地のロケット射場からのアメリカのロケットの打上げを可能に。

また、交渉中と伝えられているものとしては、下記のものがあります。

(考察) 日本における背景

最後に、なぜ日本も締結の流れになっているのかの背景を簡単に考察してみます。
なお、下記については完全に私見であり、所属組織の立場は関係ありません。あくまでメディア記事など公開情報のみをもとに推察した内容となりますこと、ご注意ください。


これまで締結してきた国・交渉中の国をみると、安全保障に関わる外交が背景にあるのは明らかなように思います。

交渉中の国の一つカナダは、Five Eyesと呼ばれるアメリカ含む情報共有同盟の中で唯一TSAを締結していない国です(イギリス、カナダ、オーストラリアは締結済み)。

そして、残るもう一つの交渉中の国 日本は、そもそもの日米同盟はもちろん、アメリカ・イギリス・オーストラリアの3カ国の安全保障枠組「AUKUS」との連携検討 など、外交姿勢の前提やメディアで報じられている昨今の情勢から、TSA締結国グループとの距離が最も近い国です。

こうしてみると、日本がこのTSA締結の交渉に入るのはごく自然なことですね。
私は仕事柄この交渉の行方に大いに影響を受ける立場になるので、状況を注視していきたいと思います。

まとめ

以上、TSAに関しての理解は深まりましたでしょうか?
私はこの記事の執筆過程で、とてもクリアになりました!
やっぱり、「アウトプットこそが最大の情報収集である」という(私が尊敬する方の一人)エンジニア・中島聡さんの格言は真理ですね。

なお、最後に一つ言い訳を。
本来であれば、このテーマの記事であれば「締結された場合の日本への影響」を分析する必要があると思っています。実際、日本の宇宙産業へのGood & Bad を含めた波及効果を途中まで書きかけました。ただ、前述の通り私は民間ロケット会社で働いており、そんな私が何を書こうとそれはポジショントークとして受け取られてしまうため、そこに踏み込むのはやめました。ポジショントークを誰よりも嫌っているため、する必要のない場合では避けようという判断です(業務上、必要な場合は行っていますが…笑)。
この辺の分析が聞きたい方は、対面でフランクな形でならどんどん議論したいので、ぜひランチでも飲み会でもお声がけください!

今月は以上です。

Written by Genryo Kanno : https://genryo.space/

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