見出し画像

森林再生で利用可能な水資源は減るor増える?(2/2)by 藤沼潤一(Tartu大学、GEN世話人)

======================
 「水を吸って育つ森は、ヒトが利用できる分の水を減らしてしまうのでは?」という話の続き。雨が少なく水が貴重な地域での森林再生ってどうなのか?最近、この問題に地球規模で取り組んだ論文が発表されたので、わかりやすく解説してみます!
======================

【森林と水の悩ましい関係】

 「水源涵養林」なんて言ったりしますが、森林再生がもたらす恩恵の1つとして「安定的な水の供給」を想像する人は多いと思います。しかし、前回の話(https://note.com/genmerumaga/n/naaafb4bb1e64)のとおり、森林は雨水を大気へ戻す機能も果たしており、特に半乾燥地では生態系の水収支に大きな影響を与えるんです。
生態系の水収支をヒト目線で表現するとこうなります:
 
W = R – V (式1)
W:ヒトが利用できる水の量
R:降水量
V:植物を含めた生態系からの蒸発量
 
 さらに森林再生によってWがどう変化するか(δW)は、森林再生によって変化する分の降水量と蒸発量(δRとδV)を式に加えて表せます。
 
W + δW = R + δR – (V + δV) (式2)
さらに、式1を使って、
δW = δR – δV (式3)
 
 ……となります。話を最大限シンプルにすると、つまり、このδWが0よりも大きくなれば、森林再生によって地域社会で使える水の量が増えた、ということができると思います。しかし、δRやδVには色々な現象が複雑に絡んできます。降水量(δR)は、森林再生によって局所的~世界的なスケールで変化する気象パターンに影響されます。また生態系からの蒸発量(δV)は、再生した森林の構造のみならず、新たに成立する物理的(気温や降水量etc.)また生物的(森林の成長を左右する動物個体群の回復etc.)な環境条件の強い影響下にあります。ふむ、かなりややこしそう……笑

【地球まるごと森林再生シミュレーション】

 今年(2022)5月のNature Geoscience紙に発表された論文(Hoek van Dijke et al. 2022; https://www.nature.com/articles/s41561-022-00935-0)では「地球上で森林を再生できる場所は全部再生しちゃおう」という非常に大胆なコンピュータシミュレーションの結果が発表されました。世界中の地表面を緯度経度0.5度の格子に区切り(格子1つで東京都ほどの広さ)、全部で7万個弱ある格子ごとに、利用できる水の変化量(δW)を推定しました。具体的には、森林の再生可能性の地図情報、蒸散量の変化モデル、植生変化に伴う降雨パターンの変化モデルを組み合わせた、とのことです。上のとおり、森林再生に伴う生態系や気象パターンの変化(δVやδR)は局所的~世界的なスケールで非常に複雑であり、いくつもの雑な仮定や前提を踏んだ上でのδWであることは言うまでもありません……

 結果、47%の地域でδWが増加し、53%の地域でδWが減少、との予測なので、局所的な変化ではなく地球全体で見た場合にはδWはそれほど大きく動かないと言うことです。そして、もちろんGENが取り組んできた黄土高原地域の推定結果も含まれます(ドキドキ……)。それによると、水の利用可能性の変化量(δW:mm/年)は黄土高原では、太原盆地は微増( ~ 1.0 mm/年:地図参照)、山岳地域は減少(– 20.0 mm/年 ~)として推定されました。すなわち、黄土高原(大同市は370 mm/年)では森林再生によって水資源が極端に減るという予想ではなさそうです(δRやδVの予測地図は論文参照)。そもそも「世界中の森林を蘇らせた」というファンタジーが根底にあり、シナリオ自体のリアリティは二の次なので、この結果で一喜一憂するというものでもありません。論文の結論として "森林再生のホットスポットと言われる地域では、大幅な水資源の減少が予想される地域もあり、今後の森林再生を計画する際には考慮するように(Hoek van Dijke et al., 2022)" と締められていました。

 ところで、現地の人にとっての水の利用し易さってなんなのでしょうか?黄土高原や半乾燥地の水環境の厳しさは、降水量そのものだけでなく、降水量の季節変動も大きな要素の1つだと思います。森林再生に伴って植物の蒸散量が増加しても(つまり雨水が大気に戻っても)水源涵養力が回復することで地下水が安定するならば、水の利用し易さは向上した、と言えるでしょう。またこの水収支は、地表と大気との動きにフォーカスをしていますが、河川や地下水として流入流出は考慮されていません。

 森林は、水の供給みならず、炭素吸収や生物多様性の保持など、さまざまな生態系サービスを提供します。そして、ヒト社会の維持と生物多様性の復元、気候変動の緩和という総合的な視点に立って、自然再生の価値や課題を考える必要があるんだろうな、と考えさせられました。
 マクロ生態学者(Tartu大学・エストニア共和国)の藤沼でした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?