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世界の森林と日本の森林(その6)by 立花吉茂

森林の自然再生
  原生林が何かのことで消失しても、日本のように暖かい時期に雨の多い場所では、いつしか草が生え、潅木がでてきて、やがて二次林となり、数百年後には元の植生にもどる。これを遷移と言っているが、最初に現れる樹木は、元の原生林の樹種と違って生長のはやい柔らかい種類の木が多い。先駆植物と呼ばれるこれらの樹種は、人工的に種子を蒔いてみると、発芽が極めて悪く、長年かかって少ししか生えてこない。これらの種子は発芽しなくても死んでいるわけではない。きわめて長生きで何十年も生きているのである。しかしわずかしか生えない。これは植物の巧妙な生き残り戦術であると考えられる。先駆植物だけでなく、畑の雑草も、野生の植物はほとんど大部分がこんな発芽のパターンを有している。水分、温度、空気、光が適当な時、全部発芽するのは栽培植物である。全部生えたとき、洪水や嵐などの災害が発生したら、その場所の野生種が絶滅する。植物はそう簡単に滅びないようにできている。少しずつ発芽して、都合のよいものは大きく生長し、条件の悪いものは発芽せずに、時期がくるのを待っているのである。

基本樹種の発芽
 少しずつ、長年にわたって生えるのは一体どのような仕組みになっているのか調べてみた。しかし、原生林の基本樹種は先駆植物群とは違った発芽のパターンがある。ひとつのグループであるドングリの発芽については前号に記した。クスノキ科やモチノキ科などの基本樹種はまた異なった発芽のパターンを示す。前者は3か月ほど休んで生えるものが多く、後者は2年がかりで生えてくる。そしてこのふたつのグループのように果肉のある奨果類は、果肉を除かないと発芽が遅れるし、乾燥すると死んでしまう。このように原生林の基本樹種は、いずれも乾燥すると短命である点が先駆植物とは異なる。基本樹種の種子の落下する場所は鬱蒼と茂った薄暗い湿った環境である。乾燥に弱いのはそんな条件下にあるからであろう。それに反して先駆植物の生える場所は、明るくて、乾燥する機会の多い場所で種子が発芽せねばならない。それは、種子発芽には良い環境ではない。そこで、ごく一部だけが生える作戦になるのであろう。

先駆植物の発芽
 先駆植物の大部分は、種子が熟して落ちた翌年の春に10%程度発芽し、2年目の春にもまた少し生え、3年目にも、という具合に少しずつ徐々に生える。しかし、なかには90%もさっと生える種類もある(図)。


 これらの種子の多くは水に浸しても吸水しない。解剖して調べてみると種子の発芽口が閉鎖しており、また種皮が硬化していたり、蝋状物を分泌していたりして吸水することを拒否している。年数が経って、吸水できたものから順次生えてゆくのである。その証拠に、種子に穴を開けたり、硫酸で溶かしたりして無理やりに吸水させると90%以上もいっせいに発芽する。昔、水田にレンゲソウの種子を蒔くとき、農家の人たちはその種子を砂といっしょにして臼で搗いてから蒔いていた。レンゲソウは栽培植物ではなかったから、発芽がおそく、不揃いなので、種子に傷をつけて吸水を容易にしてやっていたのである。先人たちの観察眼の鋭さと生活の知恵には頭が下がる思いがする。

硬実種子と休眠種子
 基本樹種の種子には短期間休眠するものがあり、これは冬を乗り切るひとつの作戦かもしれない。熱帯の野生樹にも、乾季のある地方では休眠種子が存在しているからである。乾季と寒季の期間中は休んでおく。なんと賢いやつらである。休眠を無理やりに覚ますには、冷蔵法とホルモン処理法がある。硬実種子は乾燥して貯蔵すれば、いつでも発芽させることができる。ウルシ科の植物は硬実種子だが、ヤマウルシだけは硬実と休眠とを合わせもっている特殊なものである。モチノキ科の多数の種類は発芽に2年間も必要だが、これは一見成熟したように見える種子が実はまだ未熟で、親木から離れてからだいぶん経って成熟して発芽能力ができる。それで、こんな種子を後熟種子と呼んでいる。しかし、大阪で2年かかって発芽するクロガネモチが沖縄では翌年に発芽する。これは、大阪では開花から成熟まで5か月で冬が来てしまうが、沖縄では12か月もあるから、親木で成熟することができるのであろう。
(緑の地球52号(1996年12月)掲載分)

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