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インクルージョン×防災セッション報告(2)国連と演劇の立場から by 原裕太(GEN世話人、東北大学助教)

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セッション内容をご紹介する3回シリーズの2回目。国連人口基金の駐日代表を務め途上国の現場経験も豊富な成田さん、日本を代表する演劇プロ集団「劇団四季」で経営と作品プロデュースに携わってきた田中さんのお話をご紹介します。
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「性と生殖に関する健康・権利」を推進する国連人口基金(UNFPA)の幹部として、成田所長は途上国各国の現場で長く活動されてこられました。この講演では、性やジェンダーに焦点を当ててお話し頂き、とくに2023年2月に発生したトルコ・シリア大地震の被災地の現状と課題、2022年まで代表代行を務められていた駐バングラデシュ事務所の取組みをご紹介頂きました。トルコ・シリア大地震の被災地では、危険で不衛生で、そして寒く厳しい気候環境下で22万人以上の妊産婦が暮らし、デマやフェイクニュースに基づく暴力にも晒されていること、現場ではマタニティキットや生理衛生用品の配布、シェルターの支援、ムスリムの女性が必要とするグッズの提供等、女性の健康と尊厳を維持するための活動が実施されていること等が、最新の現地情報を用いて紹介されました。またバングラデシュではトランスジェンダーへの支援が進められており、ヒゲが伸びてしまうトランスジェンダーの方にとってカミソリは単なる衛生用品ではなく、人間としての尊厳を保つために非常に重要なものであること等が紹介されました。そして、社会的に弱い立場に置かれた人々の声を意識的に聞くこと、聞く仕組みを整備していくことが重要であると指摘されました。

人間としての尊厳に関わる重要なご講演でした。命を救うということと比較して後回しにされがちな尊厳や心の健康・ウェルビーイングですが、そこにも目を向けていくことがいかに重要なのか、そしてジェンダーの問題がなぜSDGsのGoalの一つに入っていて、あらゆる分野で重視されるのかが非常に理解できます。会場入口で配布したトルコとシリアの被災地でのUNFPAの支援活動をまとめた資料も添付しましたので、ぜひご覧ください(2023年2月末現在)。

劇団四季の田中元副会長には、東日本大震災の津波被災地13都市で子どもたちを招待して開催された特別巡演「ユタと不思議な仲間たち」のエピソードをお話し頂きました。同作品は、都会から東北にやってきた転校生「ユタ」を主人公に、命の大切さ、友情、信頼等の重要性を描くミュージカルです。いじめられ死を考える「ユタ」と、江戸時代に飢饉で亡くなった座敷わらし(子どもたちの霊)との交錯・交流を軸に話は進んでいきます。セッションでは、岩手県大槌町の一人の生徒から寄せられた手紙がきっかけで被災地に演劇を届けるプロジェクトが立ち上がり、教育委員会や学校の先生等、現地の人々の後押し・協力で体育館を会場に上演するに至ったこと、上演までの迷いや苦悩・課題、活動を通じて得られた様々な気づき等が、当時の映像を交えて紹介されました。

それでも子どもたちに劇団四季の芝居を見せたいと言われたことで、迷いは吹き飛んだといいます。震災後、自分はどうして生き残ったのだろうか、生きていていいのだろうかと思い悩む子どもたちがいるという報道がなされていた。そんな子ども一人一人に、このミュージカルの台詞にもなっている「生きてるってことは、それはそれだけで、大した良いものなんだぞ。」というメッセージを届けたいという祈りがプロジェクトの原動力だったと、当時を振り返りながら話されていました。そして、笑いたい時に笑い、泣きたい時に涙し、感情を解放できることが大切で、子どもたちに少しでも心の変化をもたらすことができたなら、演劇に携わるものとしてこれほど嬉しいことはない、との思いを述べて締めくくられました。

ミュージカルには、心の動きをメロディーとリズムに合わせて、動きも盛り込んで伝えられる独特のパワーがあります。普段なかなか関わることのない舞台芸術の裏側にいる方のご講演を通じて、地域の祭りやスポーツ、音楽の再興等も含め、コロナ禍でも大きな影響を受けた文化・芸術の役割や価値を改めて考えるきっかけになりました。


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