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生物多様性条約COP15 (2022)の「30×30目標」って何? by 藤沼潤一(Tartu大学・GEN世話人)

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生物多様性条約COP15で掲げられた「30×30目標」の少し細かい解説。自然保護区設定に関する目標ですが、その背景や保護区設定に関連する色々な課題にフォーカスします。
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【30×30目標 (COP15)の概要】
 今日も生物多様性のお話です。昨年(2022)開催された生物多様性条約締約国会議(COP15)で掲げられた30×30目標ですが「だいたい理解している」という方もいれば「全く耳にもしなかった」という方まで様々かと思います。今日は、この30×30を解説してみたいと思います。
 
 現存する生物多様性の保全を目的としたアクションには「乱獲・密猟の防止」や「絶滅危惧種の保護増殖」など、特定の生物種にフォーカスするタイプのものから、「土地利用の禁止」や「脆弱な生態系の保全」など特定の地域や生息地にフォーカスするタイプのものまで色々です(Cardinale et al. 2019 ←Primackの保全生物学を継承した世界的な教科書!)。30×30目標は、特に後者のアプローチに関わる目標設定で、”2030年までに国土領海の30%にまで自然保護区拡張”を目指します。土地利用規制を伴う自然保護区を設置することで、重要な生態系を社会経済活動から守る、ことを期待しています。シンプルでその効果も想像しやすい保全アクションですが、実は「どこのどの生態系を守ればいいのか」という基本的な部分から非常に難しい課題とも言えます。
 
【なぜ2030年までに30%なのか?】
 ゾロ目感の良さ……30×30の数値目標の背景にある哲学といえば、これだけです。
 
 実は、COP10(2011)でもすでに”2020年までに国土17%領海10%を保護区設定する”という目標(愛知目標#11)が掲げられました。実効性のある生物多様性保全は以前にも増して喫緊の課題であり、COP15で再度より挑戦的な数値目標を掲げたのです。2030年までに各地域の30%を保全する、ということですが、この数字に科学的な意味はありません。しかし、挑戦的であり、かつ現実味もある数値目標として30×30は、とても整っている印象があります。
 
【どこに保護区を設定すればいいのか?】
 単に使わない土地や領海を30%保護区に回せば良いのではなく”生物多様性保全上の重要地域、また生態系サービスの観点から重要な地域で国土領海30%分”をカバーするという条件です。つまり、各国は国土領海に分布する生物多様性の地理パターンとその中身、さらに各生態系の機能・サービスが詳細に把握されていることが前提となっています(この情報がなしではどこが重要か判断できない)。しかし、それほど生物多様性データが充実した地域にかぎって、実際は生物多様性のコールドスポットだったりします。仮に、何万種という規模の生物種からなる生物多様性のパターンや機能・サービスが詳細に把握されていても、では、どのような生物(例えば、絶滅寸前のカビの一種とか?)の生息地や生態系機能・サービス(例えば、松茸が採れる森とか?)を優先的に保全するか、という問題はかなり主観や勘に依存する、と言えます。より客観的に科学的な立場から優先地域を特定する方法として、保全と経済活動の折衷案を地理空間解析によって示し、新しい保護区の設定候補地を特定することも可能です(図1; Shiono et al. 2021)。


【気候変動の影響下にある生物多様性】
 さらに気候変動が問題の難しさに拍車をかけます。現時点で生物多様性保全上の重要地域であっても、気候変動の進行に伴って、その重要度や実態は必ず変化すると予測されています。
 
【経済的課題→あきらめる?】
 さらに、最も現実的な問題として、そもそも30%もの地域を確保するだけの経済的なゆとりが各国にあるのでしょうか。経済的に無価値な地域のみを保全すれば良い、ということではないのは前述のとおりです。例えば、日本の場合30×30目標達成の難しさは図2からも明瞭です(Shiono et al. 2021)。


 このように、生息地保全というアプローチは、重要ながら様々な課題も抱えており、生態学的にも社会的にも誰もが納得する”最適解”のような拡張計画を示すことは不可能です。とはいえ、生物多様性保全は喫緊の課題であり、目標達成に向けて日本を含めた世界全体で社会的な理解を深めていく必要があります。
 
【参考文献】
COP15 (2022). https://www.cbd.int/article/cop15-cbd-press-release-final-19dec2022
 
Cardinale et al. (2019) Conservation biology. Oxford university press. ISBN: 9781605357140.
 
Shiono et al. (2021) Area-based conservation planning in Japan: The importance of OECMs in the post-2020 Global Biodiversity Framework. Global Ecology and Conservation 30, e01783

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