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生態系と防災の交わり:Eco-DRRの役割と強み、弱みについて考える(1) by 原裕太(GEN世話人、東北大学助教)

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 災害リスクを小さくするには、人間社会の側に危険な現象による暴露の回避、脆弱性の低減が求められます。その際、生態系の力が注目されてきました。今回は考え方、次回は具体的な効果と限界についてお話しします。
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 2023年9月2日~3日、緑の地球ネットワークでは東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県の海岸林と干潟の見学ツアーを行いました。海岸林はよく防災・減災機能(防風、防砂、高潮・津波の軽減)を持つと理解され、「海岸防災林」とも呼ばれます。そこで、防災・減災に対して生態系サービスの価値はどのように理解・評価されているのか、そして海岸林の防災・減災機能とその課題・限界は、これまでの科学研究においてどのように明らかにされてきたのか、2回にわたってご紹介したいと思います。

 まずは「災害」とは何か、からお話しします。国際合意「仙台防災枠組」では、危険な現象(ハザード)が、暴露、脆弱性、防災力等の条件と相互作用することにより、コミュニティや社会の機能があらゆる規模で著しく阻害され、人的、物理的、経済的、環境的損失や影響の1つ以上をもたらすことと定義されます 1)。つまり巨大な大地の運動も、人間社会の側に損失や影響がなければ、ただの自然現象であり、人間社会の状況によって災害の規模が決まるわけです。そのため、災害リスクの軽減(=防災・減災)とは、我々が暴露を回避すること、我々の社会の脆弱性を小さくすることが重要になります。インフラの整備、行政や地域、事業者ごとの計画づくり、教育・訓練、要支援者を取り残さないインクルーシブ防災は、すべてここに含まれます。また近年、風水害に関しては気候変動によって自然現象(ハザード)の規模自体が大きくなりつつあり、海面上昇は継続的に進行していますので、その変化を踏まえた暴露の回避や脆弱性の低減(=気候変動適応策)、そしてその影響自体を可能な限り抑制する気候変動緩和策も密接に関連します。

 その際、海岸林を含む生態系の力(生態系サービス)を暴露の緩和や脆弱性の低減に使用しよう、という考え方を「生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR: Ecosystem based Disaster Risk Reduction)」といいます。土地の生態系を維持・保全することで問題のある開発を避けたり、危険な自然現象を軽減する物理的な緩衝帯として生態系を活用したりするものです。具体的には、洪水調整のための湿地や遊水池、水田、水害防備林、防風・防潮・延焼防止のための屋敷林や農地防風林、高潮対策・津波軽減のための海岸林・マングローブ林、砂丘、サンゴ礁、その他に雪崩保護林、土砂崩壊防備林等が挙げられます。遊水池や砂丘等、Ecoには生物圏だけでなく地形、地質、水文といった地圏・水圏の環境も含まれています。方法論としては、生態系の保全・管理、劣化した生態系の再生、造林を含む新たな生態系の造成、そして以上と人工物の融合(例えば、森林保全による砂防堰堤の使用可能年数の延長)等があります。さらに近年では、気候変動適応に生態系を活用する「生態系を活用した気候変動適応(EbA: Ecosystem-based Adaptation)」(Eco-DRRとは一部共通)や、両者を包含する「自然に根差した社会課題の解決策(NbS: Nature based Solutions)」等の概念も使われるようになってきました。

 Eco-DRRにはどのような特徴があるのでしょうか。国際協力機構(JICA)の資料に、沿岸生態系と人工防潮堤を比較した際の緩衝空間としての両インフラの違いが挙げられています(図1)2)。これをみると、防災・減災機能を確実に発揮する、確実に命や財産を守るには人工物が最も優れています。ただし、防災以外の利益や効果を含む多機能性、環境負荷の回避、不確実性への順応的対処等では、生態系インフラは大きな強みをもっていることがわかります。日本では、山間地斜面から平野部、沿岸域に至るまで、既にある程度人工物による災害リスクの軽減を進めてきたことが前提として存在していることや、人口減少社会、高齢化、インフラの老朽化による維持管理コスト増大への対応の必要性の結果として、Eco-DRRが注目されており、国土強靭化基本計画や生物多様性国家戦略、『森林・林業白書』等でも取り上げられています。国際的には、2004年に発生したインド洋津波で、海岸林や砂丘が保全されていた地域とそうでない地域で津波被害に大きな差があったとして、生態系の防災・減災機能に注目が集まりました。では、海岸林の効果と限界は具体的にどのように指摘されているのか、これは次回お話ししたいと思います。
(次回へ続く)

参考文献
1)     UNDRR web site. Disaster (Sendai Framework Terminology On Disaster Risk Reduction)
https://www.undrr.org/terminology/disaster

2)     国際協力機構(JICA)地球環境部 森林・自然環境グループ 2017. 『生態系を活用した防災・減災(Eco-DRR)の実践 ~その効果、国際動向とJICAの取組~』
https://www.jica.go.jp/information/publication/brochures/issues/Eco-DRR_handbook.html


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