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にわかが観たシン・エヴァンゲリオン劇場版

今月のはじめにふと序破Qを一気見して、これが面白かったのでシンエヴァを観に行きました。自分よりエヴァに詳しい人はいくらでもいると思いますが、にわか視点での感想として書き残しておきます。ネタバレ含みます。

自分とエヴァシリーズの接点

・コミックは5~6年前に全巻読んだ
・序破Qは一度だけ観た
・旧劇、アニメ版は観ていない
・庵野秀明がどんな人かは1ミリも知らない

シンエヴァを観た感想

断片的に書いていきます。

序盤、懐かしいキャララッシュ

第三村でトウジ、委員長、ケンスケが出てきたときは懐かしさを感じました。小説のエピローグ・後日談で、登場人物が成長した少し未来の姿が描かれることがありますが、それを観ているような感覚。委員長とトウジが結婚してたのは納得です。あと、アスカとケンスケって接点あったっけ?アスカが裸でうろうろしていても眉一つ動かさないケンスケはどんなメンタルなんだ?なんて思ったり。シンエヴァのポスターで、シンジとマリ、レイとカヲル、トウジと委員長、ユイとゲンドウ、ミサトと加持さんは並んで立ってるのに、アスカとケンスケは正反対に立ってるので、この二人はそういうペア的な関係ではないのかなと。ただ今作でのアスカには、一人前の大人であるケンスケに対する敬意があったように見えます。

第三村の様子

戦後の焼け跡、バラックが立ち並んでいたころを連想しました。駅舎を再利用した家いいな…とか、土地の登記はどうなってるんだ?とか本筋とは関係ないことをひたすら考えてました。

綾波(仮)の日本語講座

なんかじわじわ来ました。全部「おまじない」に変換する委員長の説明は、一見正確さとはかけ離れた説明のようで、核心をついている。あとプラグスーツで田植えをするシーンはなんかシュールでした

貞本義行のキャラデザインは良い

「良い」の一言です。昔に自分がハマった.hack//G.U.というゲームがあったんですが、そのゲームのキャラデザインも貞本さんが担当していて、めちゃくちゃ好みのデザインでした。

破~Qの14年間に起きたことが分からない

これはQを観た時点で調べとけという話ではあるのですが、こまごました部分で「そういえばこれってQの前に何があったんだろう…」って思うことが多かったです。リツコが急に短髪になってたり、アスカが眼帯をつけてたり、あとは加持さんがサードインパクトを食い止めるというさりげなく凄い活躍をしていたり。破とQの間を補完するストーリーで、もう一本くらい映画が作れるのでは?

分からない用語が多すぎる

とにかく分からない。映画を観ながら「これ、みんな全部この場で理解して観てんの??」と思ってました。

L結界とか、映像と文脈でなんとなく理解できたものはあったのですが、「マイナス宇宙」は本当にわからなかった。あと、種類がたくさんある槍の一つ一つも。下手に理解しようとしないほうが、物語に没入できたかも。

あとで詳しい友人に「エヴァの用語はそういうもの。エヴァを全部理解しているのは庵野だけで、制作スタッフすら理解できない部分があったらしい」と聞いて、自分の理解力がなかったわけではないと分かってちょっと安心しました。今考えると、理解できないのは今に始まったことではなく、コミック版や序破Qでも分からない部分は山のようにありましたね。

シンジがめちゃくちゃ成長している

大人の理不尽な要求に振り回されていたとは言え、だいぶウジウジしたキャラだったシンジが、今作の終盤には相当に成長して、良い顔をするようになっていました。第三村での再生を経て、ミサトさんに背中を押してもらい、はじめて父親ときちんと対話できたがゆえの成長だと思います。身も心も14歳だったシンジはもうおらず、ラストではスーツを着た大人のシンジがいましたね。

髪を下ろしたミサトさん

正直、一番印象に残っているシーンかもしれない。エビスビールで飲んだくれている時(今作ではそんなシーンなかったけれど)と、見せ場での引き締まった表情のギャップがとても良い。ただ、息子に父ちゃんの名前をつけるのはどうかと思う…。

少しだけまどマギを連想した

ループしまくったカヲルと、エヴァのない世界を作ったシンジ…という構図で、ふとまどマギを思い出しました。まどマギでのほむらとまどかがその立ち位置でしたね。まったく余談ですが、まどマギ放映からもう10年経っていると気づいて、時間の流れの速さを感じています。。

ゲンドウという人物が初めて質量を持って迫ってきた

正直言って、これまでの作品を観ていて、ゲンドウに意識を向けたことはほとんどなかったです。両肘を立てて手を合わせる例のポーズで訳のわからないことをぼそぼそと喋り、息子に無理難題を言いつける育児放棄パパ、という程度の印象でした。

そんなゲンドウが、シンエヴァの終盤で急に存在感を持ちました。これまで、大人の無茶な要求に振り回される子どもにばかり目が行っていましたが、初めて大人の側の事情に視点が行きました。ゲンドウの少年期、青年期の鬱屈や、別離したユイへの思いを知るにつれ、人類補完計画なんて馬鹿げたことを考え実行したのも(多少ですが)理解できるなと。あと、序破のエンディングではなんとなく聞き流したbeautiful worldを思い出し、あぁ、あれはゲンドウのことだったのかと。

シンエヴァのエンディングロールで流れたbeautiful worldは嘘みたいに綺麗でした…。

まとめ

ざっと書きました。

思ったのは、エヴァを視聴したときの年齢によってだいぶ感想が変わるなと。自分が中学時代にコミック序盤を読んだときは、ウジウジしたシンジの言動に嫌悪感がありましたが、大人になった今読むと「子どもにそんな無茶言うなよ…」という印象が真っ先に来ますね。子どもと大人の対比は、一つの重要なテーマかもしれません。

この記事を読み返してみると、設定への理解がない分、キャラクターや人間関係にフォーカスして観ていたんだなぁという感じですね。

幸いなことに、視聴後に詳しい友人に話を聞く機会があったので、設定への理解も多少なりとも深まった気がします。S-DATの表示が意味するものや、カヲルの正体についての仮説は聞いていて「なるほど…」となりました。

きっとエヴァシリーズに堪能な人しか拾えない小ネタが無数にあるんだろうでしょうね。ただライト層でもそれなりに楽しめる、ガチ勢はより深く楽しめるという二段構えができている点で、エヴァは優れたコンテンツだなーと感じます。

とりあえず、庵野秀明への理解がエヴァへの理解につながることが分かったので、手近なところから調べていきます。


最後までお読み頂きありがとうございました!