見出し画像

メルボルンのミュージックシーン(クラブ/バー)

2019年6月27日にメルボルンに到着してから、早速クラブやバー巡りを始める為にRAやFacebookページなどで情報をあさりまくったが、到着当時が冬だったのもあり、海外アーティストを招聘したパーティーは少なく、また国内の著名アーティストはヨーロッパ遠征へ出かけている状態だった。
そんなメルボルンの冬場でフォーカスされていたのはローカルパワーだったと思う。夏場に海外アーティストのサポートを務めたローカルアーティストやクルーが地元クラブのヘッドライナーとして活躍する季節だ。(2020年はロックダウンでその機会が丸々失われたのは心が痛む)

そんな2019年冬から2020年夏まで遊び尽くして気づいた事を今後数回に渡って書いていきたい。

人が集まれる場所として

クラブやバー巡りを始めてすぐに思ったのは、
・クラブ=Techno/Tech House
・バー/レストラン=Disco/Boogie/Chill
という棲み分けがされていると感じた。なぜかというと、メルボルンのバーは広く(BarというよりPubぽい)、老若男女いろんな人が集まる場所である。
メルボルンには日本のようなカラオケや居酒屋など深夜までやっている夜遊びの娯楽が少なく、夜に出かけるならクラブ以外だとバーかレストランしか選択肢がなく自然と人々が集まるソーシャルな場所になる。
そしてメルボルンにはDJブースを設置したレストランが数多くあり、DJのサウンドはそのお店の食事の雰囲気を演出する重要な一部なのである。日本でいうHubみたいな誰でも入りやすい場所はもちろん、イタリアン、アジアン、ジャパニーズレストランにもDJブースはある。

雇用を生み出す場所として

メルボルンでは東京と違いバーやレストランでのプレイを主戦場としているDJが多く、彼らはクラブではほとんどプレイしない。(東京だと逆でクラブでやるDJがバーでプレイする事がよくあると思う)
僕の友人DJは週末の金土日を、1ギグあたり2-4時間程で昼から翌朝まで梯子しまくって毎週末10ギグ以上回して稼いでいた。
ギャラの相場はだいたい1時間あたり50ドルからでDJによってもっと高くもなる。面白いのはDJのギャラも時給制な事。東京にいた時は時給というより1ギグ●●円という日給感覚でギャラを貰っていたので、DJも職業として労働として認識されているから時給制が採用されたりするのかなと感じた。
なのでバーやレストランで長い時間プレイできればきちんとした収入になる。僕も毎週末に数回プレイさせてもらい生活費の足しにしていたし、渡豪したばかりで英語も上手く扱えない身としてはDJという特技を持っていて本当によかったと感じた。
そしてDJ以外のお店のスタッフの構成は多民族でこれは移民が多いメルボルンらしいと思う。前述した通りメルボルンには沢山のホスピタリティ(飲食サービス)のお店があり、そこでは様々な国籍/人種のスタッフがおりDJ含め大きな雇用を生み出していた。

雰囲気や客層

・クラブ
東京のシーンとの違いはクラブ内は若年層がかなり多い。深夜までやっている施設がないので、必然的にクラブが若者のエネルギーの発散場所になる。なので会場内の雰囲気は遊びの標準をその夜に定めた若いオーディエンスの熱気が季節関係なく溢れている。

内装は、地下にある真っ暗なアングラ箱からギラギラとしたラグジュアリーな六本木みたいな物まで様々だが、メルボルンは条例で喫煙所は屋外と決められているのでどこのクラブにもテラスが必ずあるのでそこで外の空気を吸えるのはありがたい。
そしてメルボルン(もしくはオーストラリア)の人々はとにかくお喋りが好きなので、そのテラスでの会話の時間を楽しんでいる。僕のような外国人でも知らない人からどんどん声をかけられるし簡単に友達になれる。きっとそれが彼らのカルチャーでは普通の事なのだろう。

服装は、箱によってはパーティードレスを身に纏った女子達が集まったりもするが、基本的にはみんな動きやすい格好でモードファッションの人は滅多に見かけない。(メルボルンは急に雨が降ったりするのでアクティブな格好の人が多い印象)

・バー/レストラン
日本のDJ、特にバーなどで活動している人にはこちらのバーでのプレイを強くお勧めする。客層は老若男女,人種幅広く、DJをしているといろんな人から、選曲を褒められたり、トラック名を聞かれる。
そう、彼らはそれぞれ思い思いに飲みながらも音楽を聴いているのだ。クラブと違って歓声が上がったりする訳ではないが、DJのかける1曲1曲が確実に彼らに届いている事を実感できる。

僕自身もメルボルンに来てから毎週金曜日にChotto Motto というレストランで毎週4時間レギュラーを持たせてもらえた事で、お酒と食事に合う音楽とは何かを勉強できたと思う。レストランなので踊っている人はいないが自分の音楽で会話が活気付いたり、落ち着いたトーンになったりするのがとても楽しかった。

前述の通り、メルボルンの人たちはお喋りが大好きだ。なので彼らが大切にしているその時間を音楽で演出する事で帰り際に「素敵な音楽をありがとう」と声をかけられるとDJ冥利につきる。

音響

メルボルンで唯一残念だと思うのは音響部分。東京のしっかりとした音響設備に慣れてしまっているのもあるが正直物足りない。具体的にはどこも大型2台のスピーカーが前方にあるだけでほとんどのクラブにPAはいない。つまり、踊る位置によってだいぶ音質が変わってくる。なので前方の方で踊ろうとするのだが、オーストラリア人は如何せん身体が大きく、そしてお喋り好きなので前方の方に行ってもちゃんと音楽が聴こえない事が多い笑
もちろんフェスのような大型イベントではスピーカーの増設やPAがいたりするが基本的にはそこは諦めて遊ぶのがいいだろう。

誰がシーンを支えているのか

僕が東京時代に感じていたのは、ローカルDJやオーガナイザーがパーティーの集客を支えていたのでどのパーティーでも同じような客層に必然となってしまうことだ。東京という大きな街のシーンを支える為にはどうしても、関係者側が頑張らないと回らない仕組みなんだと思う。

一方、この街は人々のアートに対するリスペクトはかなり厚く、ミュージックシーンをカルチャーやアートとして皆が捉えていると思う。なので、お店のスタッフ、演者、そしてオーディエンスの全員が自分達が集まれる場所を守っていくという気持ちでサポートしているからこそ、メルボルンが芸術の街と言われる由縁なのだろう。

ちなみにこの街の客層は箱やパーティー、曜日などによって全く異なる。メルボルンには南米系の移民が多く、ブラジルやコロンビアをフィーチャーしたパーティーも行われ、会場内の雰囲気は完全に南米。生まれ故郷から遠く離れたオーストラリアで特定の民族/人種が集まった時のエネルギーはとても力強い。
こういった集まりを見て、日本人だけをフィーチャーしたパーティーがないことに気づいた。シドニーには日本人街はあるようだが、そもそもメルボルンではあまり日本人同士で固まって何かをするという事は少ない気がする。もちろんジャパンフェスティバルみたいな催事は年に数回あったりするが、他の移民国のインド、ベトナム、タイ、中国、韓国の人々は、ネイティブに対抗して生き抜く為に集まり、街を作ったり、雇用を作ったりして戦っている。恐らくこれはメルボルンに限った話ではなく世界中どこの日本人も同じなのかもしれない。


とにかく、メルボルンの一番いいところは、人々のアートに対する気持ちが強いという事。そして皆が一人一人、人が集まれる場所を残す為にサポートする姿勢が自然に培っている事。
ぜひ日本の方には、メルボルンへ来ていただきリアルなバイブスを肌で感じて欲しいと思う。
ご依頼いただければ街案内やDJブッキングはお手伝いいたします。

パーティーやクラブなどのレビューは別途個別でまた書き留めていきたいと思いますのでご期待を。
それではご機嫌よう。

続き→メルボルンのミュージックシーン(フェスティバル/野外パーティー)
https://note.com/genkitnk/n/n81a9ed5ae21b


Genki Tanaka
https://www.residentadvisor.net/dj/genkitanaka
https://www.instagram.com/genki_ttttt/
https://www.facebook.com/genkitanakajp/
https://twitter.com/genki_ttt/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?