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『どうする? どうなる? これからの「国語」教育』――はじめに(紅野謙介)

 2019年7月24日、幻戯書房は『どうする? どうなる? これからの「国語」教育――大学入学共通テストと新学習指導要領をめぐる12の提言』を緊急出版いたします。
 以下に公開するのは、その編者の紅野謙介さんによる冒頭の「はじめに」です。2020年度から始まる「大学入学共通テスト」、および2022年度から始まる「高等学校新学習指導要領」に基づく教育課程が、「戦後最大」「学制発布以来の大改革」などと叫ばれ、このところ、教育関係の方のみならず一般的なニュースとしても注目を集めつつあります。昨2018年に刊行された紅野さんの『国語教育の危機』(ちくま新書)は、特にこれから「国語科」へ与えられるだろう影響について警鐘を鳴らし、大きな議論を巻き起こしました。
 それから約一年。同書への反響をふまえ、高校・予備校・大学の現役教師の方々総勢12名に、この「改革」の問題点と具体策を総合的に論じていただいたのが、今回の新刊です。あらゆる教育と文化の要となる「国語」に今、何が起ころうとしているのか。わたしたちに何ができるのか。これからの国語・日本語にたずさわるすべての人にお読みいただきたい一冊です。

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紅野謙介「はじめに」

「国語」の教育をめぐって、大きな改革の嵐が吹いている。
「改革」。たしかにそれは、対象や領域によって必要な場合があるだろう。しかし、「改革」という名前をつければすべて正しいことになるとはかぎらない。むしろ、「改革」の名の下に大きな混乱と劣化がもたらされる場合があることを、私たちはよく知っている。しかも、ことは教育に関わるだけに、長く大きな影響を残すだろう。
 これまでにも、教育の現場のあちこちでさまざまな改革の努力が日々、積みあげられてきた。小さいけれども、しっかりとした改革の芽である。それらの成果を簡単に流し去るような「改革」であるとすれば、性急に進めるべきではない。
 しかも、「国語」という教科は、私たちの日々の思考や想像力、生活や仕事に強く結びついている。「ことば」こそ、自分自身を形作り、自分と社会をむすびつける紐帯の役割を果たしてきた。家族や友人と語り合い、見知らぬ他人や異なる立場の人たちと対話し、交渉し、協働作業をするにも「ことば」は必須である。「国語」の能力が身につかなければ、あらゆる教科にも影響する。教科の要と呼ばれるのもそのためだ。その「国語」の教育を変えていくということは、社会のビジョン、あるいはビジョンを生み出す方法そのものに関わることになる。
 では、いま推進されている「国語」の「改革」はどのようなものであり、そこにどのような問題点があるのか、またどこに本来の改革の可能性があるのか。本書では、それらの課題に四つの視角からアプローチしてみたい。
 最初のひとつは、現状の把握と分析である。大きな教育改革のなかで「国語」の改革がどのように位置づけられているのか。背景とポイントを押さえるとともに、2018年3月に文科省より告示され、2022年度から施行される高等学校の新「学習指導要領」における「国語」の教育課程をめぐる問題について分析する。もちろん、学校教育のなかで展開されている「国語」教育の実情も把握しなければならない。学校がさまざまな問題点を抱えていることは周知の通りである。残業代の出ない特殊な法のもとにおかれた教師の過重労働、生徒・保護者・地域社会・教育委員会といったさまざまなエージェントに包囲された教育現場のなかで、ことばの教育を担う「国語」はどうなっているのか。ここでは私の概観ののち、五味渕典嗣氏による「指導要領」解説、清水良典氏による回想を交えた作文教育の経験と評価を配置した。
 二つ目が、大学入学者選抜制度の「改革」、具体的には「センター入試」の廃止と「大学入学共通テスト」への切り替えにおいて「国語」に加えられる改変をめぐる評価である。しょせん大学入試の試験形式に過ぎないと侮ってはいけない。入試が妨げとなって「改革」が進められなかったというのが、この間の政府見解である。その入試を変えることで「改革」を押し切るという目論見のもとに、試験形式が変更される。その試験の形式・内容・方法に、多くの問題点が指摘されている。
 実はこの試験の「改革」にすべての争点が凝縮されている。記述式試験の問題点、またその可能性と限界について進路指導や受験教育の第一線に立つ駒形一路氏と小池陽慈氏にレポートしていただく。また、こうした改革のときにしばしば言及され、参照されるPISAテストの問題と比較検討するとどうなるか。大橋崇行氏の比較検討によって細かく見ていくと、むしろ、新テストがPISAテストより劣っていることが見えてくる。
 三つ目が、目標とされた「思考力・判断力・表現力」をめぐる問いかけである。コンピテンシーという言葉をふりかざす改革論議は、まさに「暴走する能力主義」(中村高康氏)に牛耳られている。上滑りする「思考力・判断力・表現力」の学習に対して、そもそも「論理的な文章」とは何なのか、国語で「論理」を学ぶとはどういうことなのか。そして「判断力」を身につけるにはどうしたらいいのか。それぞれの思索と実践を組み合わせた、地に足をつけた考察を展開する。ここでは「英語」の民間試験導入に反対されてきた阿部公彦氏、『それゆけ! 論理さん』で評判の仲島ひとみ氏、そして跡上史郎氏に登場していただく。
 四つ目には、ことばの教育としての「国語」を探る方法を模索した。清水氏の回想にあるように、三十年以上前にある工業高校で、これまでのような「国語」は要らない、実用的な作文教育をやれと言われた先生たちが窮地のなかから書くことをめぐる実践的な教育方法と理論を編み出した。従順なだけではいけない。これまで積み上げてきたものに自信をもって、そしてそれらを組み合わせることで、新しいことばの教育を探っていく必要がある。まず、高校教育に向き合ってこられた古田尚行氏、小嶋毅氏の見解に耳を傾けてほしい。
 さらにいえば、今回、国語科の科目名称は「現代の国語」「言語文化」や「論理国語」「文学国語」「古典探究」「国語表現」という新たなネーミングが施されたが、肝心の「国語」という教科名そのものは棚上げになっている。しかし、いつまでも「国語」でいいのか。国語の教員はそのことを意識しなければならない。
 この(2019年)4月から施行された入国管理法(正式には「出入国管理及び難民認定法」)改正は、「特定技能」の所有を新たに在留資格に加え、実質的な移民の受入れを意味している。日本は多民族社会へとすでに変わりつつある。文科省の2018年度の調査ですでに外国籍の児童生徒は9万人を超えた。このうち37%、公立の学校に通うおよそ3万4千人は日本語の特別指導を必要とするという。また日本国籍をもっていたとしても、同じく日本語の指導が必要な児童生徒が急増している(およそ9600人)。この現状で「国語」という教科はどのようにあるべきか。「日本語」という本来の名称を見すえながら、これまで培われてきた「国語」教育の歴史をどのように継続し、どのように改めていくべきか。台湾での教育経験をもつ川口隆行氏に考察してもらった。
 もちろん、まだ究極の解決法はない。しかし、仮に今回のような「大学入学共通テスト」や「学習指導要領」の改訂がなかったとしても、いずれ「国語」は否応なく大きな壁に直面したであろう。ならば、この絶望的なタイミングを逃すべきではない。いま私たちが直面している「ことば」の危機と、「国語」教育の切断、予想される崩壊現象に対して、あらためてじっくりと批評の目を注いでいくことにしたい。「国語」教育の未来形は、その批評と思索の中から現れてくるにちがいない。

【目次】
はじめに
第1部 現状を分析する
いま「国語」の教育で何が起きているのか(紅野謙介・日本大学)
「新しい国語科」は何が問題なのか?――新学習指導要領のイデオロギー(五味渕典嗣・早稲田大学教育・総合科学学術院)
「高ため」のプリンシプルから――「非文学」に抗して(清水良典・愛知淑徳大学)
[コラム]学校を取り巻く環境の変化
第2部 新共通テストにおける「国語」をどう見るか
「大学入学共通テスト」をさぐる――記述式問題を中心に(駒形一路・静岡県立掛川西高校)
「大学入学共通テスト」現代文の可能性と懸念(小池陽慈・河合塾)
「PISA型読解力」に結びつく国語教育・文学研究――新学習指導要領の問題点と新しい「読解力」の構築に向けて(大橋崇行・東海学園大学)
第3部 思考力・判断力・表現力を身につける
「論理的な文章」って何だろう?――「社会で使える言葉」を再考する(阿部公彦・東京大学)
国語の授業で「論理」を学ぶ(仲島ひとみ・ICU高校)
「判断力」の危機──学習者の意思決定におけるヒューリスティクス(跡上史郎・熊本大学)
[コラム]学習指導要領の拘束力はどこまでか
第4部 ことばの教育を作り出す
「国語」の授業とは何か(古田尚行・広島大学附属福山中学・高校)
ことばの教育をめぐって――事実・現実への認識を深める教育のために(小嶋毅・神奈川県立横浜修悠館高校)
国語教育と日本語教育(川口隆行・広島大学)
 「国語改革」関連年表
あとがき
最後までお読みいただき、ありがとうございます。この続きはぜひ、書籍『どうする? どうなる? これからの「国語」教育――大学入学共通テストと新学習指導要領をめぐる12の提言』を御覧ください。

[関連]
紅野謙介『国語教育の危機――大学入学共通テストと新学習指導要領』
五味渕典嗣「高等学校国語科が大きく変えられようとしています」

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