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人生と道

思うに、私たちの人生は生まれた時には一本道しか敷かれていないのではないでしょうか。

その一本道の先にはみんなが羨む正しいゴールがあって、その道中には多少のドラマはありつつも、振り返ればいつも幸せな道なんだと思います。

いい教育を受けて、いい大学、いい就職先に入って、いいパートナーを見つけて、いい子どもや孫に恵まれる。

そんな人生が、生まれた時には誰しも経験できるような一本道があるような気がします。

ただ、そんな人生を歩む人なんてほとんどいないんじゃないかと思われる方が大半だろうと思います。
私自身もそう思います。ほとんどというか、全くいないだろうとも思います。

人生には幸不幸があって、その一本道をまっすぐ歩める可能性や難易度は、産まれた時や育っていく環境の違いで全く異なります。

道の先が大雨だったり台風が来たり、土砂崩れが起きている方もいらっしゃるでしょう。
その度に模索して乗り越える人、疲れて休んじゃう人、道から外れる人と色々な人がいます。

世間的には模索して乗り越えるような人が立派とされていると思います。
令和という元号になったとは言え、こういった根性論は無意識に人を評価する大きな要因となっています。

では、道から外れたけれども、外れた荒地にバイパスを作って元の道に繋げた人はどうでしょうか。
バイパスを作っている途中で別の方向がより良いと思って別のバイパスを作った人はどうでしょうか。

このような方々は、後に名声を上げ、世間に認められて初めてバイパスを新作ったことを褒められると思います。
バイパスを作りはじめた当初はあまりいい声を掛けられなかったのでは無いかと思います。

しかし、そうやって批判している人も含めて、皆さん人生の一本道に訪れた障害に対処しているはずです。
運動会のリレーの選手に選ばれなかった。志望校に合格しなかった。好きな人に振られたというもの障害です。いろいろな障害に対面し、それに対して良い対処法を探してきたでしょう。

正直に言うと、困難を乗り越えるためにバイパスを作れる人は一部の限られた人ではないかと思います。
多くの人は小道を作るために草を刈ってみたり、とりあえずパラソルと椅子を持ってきて休憩してみたり、ゲームして時間潰したりします。

ですが、それらも全部含めて人生です。そして仮に誰かに無駄だと言われても完全な無意味にはなりません。
人生の意味とは自分で色付けるものです。勝手に付くものでも、他人が付けるものでもありません。
何を言われようと、自分で決めた色がその人生の色です。

今読まれている方は一旦目を外して、今まで歩いてきた道を振り返って見てください。明るい場所、暗い場所、いろいろあると思います。そして、それぞれの場所に標識や看板を立ててあげてください。できれば紙とペンを持って書いてみましょう。色を塗ってみてもいいんじゃないでしょうか。

できましたか?
それでは最後に今の自分がいる場所に看板を立ててみましょう。看板に書くことが見つからなければ、今の自分に合った色を塗ってみましょう。だんだん自分を掴めてきたのではないですか。

1週間後、半年後、1年後と見られるように大事にとっておいてください。その度に看板や自分のカラーを塗ってみてください。たぶんきっと、皆さんが通ってきた道にいろいろな方の道が合流しているんじゃないでしょうか。

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