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東大現代文(2023)解説

勤務校で実際に解説したものを、こちらにも載せておきます。勤務校の高3生には約31,000字の原稿を冊子にして渡しました。本稿はそのうちの約13,000字を公開します。以下、提示する解答はあくまで例であり絶対的なものではありません。むろん大学側も公式の解答を公開しているわけではありません。各予備校のものは解答速報を参照しています。

1.はじめに

 国語の入試問題は、「自国の歴史や文化に深い理解を示す」人材の育成という東京大学の教育理念に基づいて、高等学校までに培った国語の総合力を測ることを目的とし、文科・理科を問わず,現代文・古文・漢文という三分野すべてから出題されます。本学の教育・研究のすべてにわたって国語の能力が基盤となっていることは言うまでもありませんが、特に古典を必須としているのは、日本文化の歴史的形成への自覚を促し、真の教養を涵養するには古典が不可欠であると考えるからです。このような観点から、問題文は論旨明快でありつつ、滋味深い、品格ある文章を厳選しています。学生が高等学校までの学習によって習得したものを基盤にしつつ、それに留まらず、自己の体験総体を媒介に考えることを求めているからです。本学に入学しようとする皆さんは、総合的な国語力を養うよう心掛けてください。
 総合的な国語力の中心となるのは
 (1)文章を筋道立てて読みとる読解力
 (2)それを正しく明確な日本語によって表す表現力
の二つであり、出題に当たっては、基本的な知識の習得は要求するものの、それは高等学校までの教育課程の範囲を出るものではなく、むしろ、それ以上に、自らの体験に基づいた主体的な国語の運用能力を重視します。
 そのため、設問への解答は原則としてすべて記述式となっています。さらに、ある程度の長文によってまとめる能力を問う問題を必ず設けているのも、選択式の設問では測りがたい、国語による豊かな表現力を備えていることを期待するためです。

東京大学発表「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」より

 東京大学が発表している「高等学校段階までの学習で身につけてほしいこと」では、総合的な国語力の中心となるのは、(1)文章を筋道立てて読みとる読解力、(2)それを正しく明確な日本語によって表す表現力、であると説明されている。ここでは、読解力と表現力をそれぞれ別々の能力として求めているのではなく、読解と表現をひとつながりのものとして捉えている。
 私たちは、通常何事かを理解し、内面でそのことを了解したとき「わかった」と言う。しかし、東大はそれだけでは不十分であり、「自分のわかったことを他人に明確に伝えられて初めて本当に『わかった』ことになる」と言っているのだろう。他者への説明ができて初めて本当に「わかった」ことになる。これが東大の求める学力の中核にある考え方である。
 また、東大は高等学校までの学習過程の範囲を超えるような出題をしないと明言する一方で、「学生が高等学校までの学習によって習得したものを基盤にしつつ、それに留まらず、自己の体験総体を媒介に考えることを求めている」と述べる。これは、与えられた文章をただ受け身で読むのではなく、より主体的に自分の経験に引きつけて読み、考えることが求められていると言えよう。

2.東大国語の入試傾向

  • 第一問 現代文(評論) 文理共通。問題文3000~4000字程度(A4、3ページ程度)

  • 第二問 古文      文章は文理共通。設問は別。

  • 第三問 漢文      文章は文理共通。設問は別。

  • 第四問 現代文(随想) 文科のみ。問題文3000字前後。

  • 試験時間は文科150分、理科100分。点数は文科120点満点、理科80点満点。

3.問題文

※太字が傍線部、実際の問題はホームページから閲覧可能

① タンザニアの行商人の間では現在、SNSを通じて注文を集めたり配達したり、商品代金を電子マネーでやり取りすることが増えている。しかし少なくとも二〇〇〇年代末までの同国の行商人は、仕入れた商品を携えて客を探しながら練り歩き、遭遇した客と対面で値段交渉する業態が一般的であった。
② 当時、私がムワンザ市で調査していた古着の行商人たちにとって商売上の悩みごとのひとつは、貧しい得意客から頻繁に掛け売りを求められることであった。たとえば、二〇〇二年から二〇〇三年に調査した行商人Aの八五日間の売り上げ記録では、一日に平均して三・六枚の掛け売りがなされていた。客の中には「今度の給料日に払う」「次の日曜に貯蓄講の順番が回ってくるので払う」などの支払い計画を提示する者もいたが、多くは「カネが手に入ったら払う」「また行商に来たついでに(支払えるかを)聞いてくれ」などと支払期限のaアイマイな口約束をした。実際、行商人の得意客の多くも給料日が決まっている労働者ではなく、浮き沈みの激しい零細自営業者や不安定な日雇い労働者であったので、客がその日の生活費を超える余剰の現金をいつ獲得できるかは客自身にも予想がつかないものだった。行商人たちは、「最近、羽振りがいい」などの噂(うわさ)を頼りに客の懐が温かくなる頃を見計らって訪ねて行ったが、居留守を使われたり、「子どもがマラリアになったので、まだ払えない」「貯蓄講で受け取った金は、他の借金の支払いに消えた」などと言われたりし、ツケの取り立てには非常に苦労していた。しつこく取り立てに通うと、得意客はbイキドオり、「待ってくれないなら、返品する」と古着を突き返したり、「洗濯したら色落ちしたので、ツケを負けろ」など過去にさかのぼって値段交渉に持ち込んできたりもした。
③ もちろんア行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致していた。貧しい消費者はツケを認めてくれる行商人を贔屓(ひいき)にするため、得意客の確保や維持につながる。ツケの支払いのついでに新たな商品を購入してくれる可能性もある。また行商人たち自身も、仕入れ先の仲卸商人から信用取引で商品を仕入れており、販売枚数を稼げば、仕入れ先の仲卸商人から仕入れの順番や価格交渉において優遇されることもあった。さらに銀行口座をもたない行商人たちの中には、ツケを緊急時に使用する「預金」のようにみなし、商売が不調の時に回収するべく、好調なときにはあえてツケを取り立てに行かないと語る者も多くいた。
④ ただ、それはツケが返済されてこその戦略である。行商人たちは通常、他の行商人と競争しながら偶然に仕入れた古着の種類や品質に即してその日の行商ルートを選択していた。「高品質で高価なシャツを多く仕入れた場合には、高級住宅街カプリポイントを巡回する」「若者向けの派手なシャツがたくさん手に入った場合には、サッカースタジアム周辺を回る」といった選択である。また、仕入れた古着を見ながら「そういえば、薬局の店主がデニムを欲しがっていた」と具体的な客を思い出し、その人物の職場や家がある地域を通るルートを選択することも多い。そのため、行商ルートから外れるツケの回収にcコウデイすると、その日に仕入れた古着の売れ行きに響くことになる。結局、行商人たちは何度か通って相手に支払う気がないとわかると、しばらく放置し、機会があったときに訪ねていくようになる。ただ、数カ月、半年と時間が経つにつれ、訪問回数は減っていき、ついには訪問をやめてしまう。
⑤ こうした事態が生じる原因のひとつは、行商人が帳簿をつけないことにあった。「なぜ帳簿をつけないのか」と尋ねると、「払える人は払うし、払えない人からはどうしたって取り立てられないのだから、気がかりなことが増えるだけだ」などと返答された。たしかに毎日のように掛け売りをし、ツケの支払いは早くて数日、通常は数週間前、時には何カ月も先になるので、ツケは雪だるま式に増えていく。そのすべてを回収しようとするよりも、焦げ付きを価格等に織り込んで商売をしたほうが合理的だろう。それでも私は、日々余裕がない中で、ツケを何カ月も放置する者に怒りもせず、不満も言わず、ただ許している彼らの態度が不思議であった。みな生活が苦しいのに支払う人と支払わない人がいるのは不平等ではないかと思ったのだ。私は時々、「あそこの家には未払いの代金があるから取り立てに行こう」と誘ったが、彼らは「まだ彼/彼女は困難のさなかにあり、いま取り立てにいっても交渉に負ける」と渋ることも多かった。
⑥ ただし、「このままツケが返ってこなくてもよいのか」と聞くと、「ツケは返してもらう」という答えが返ってくる。その上で彼らは、「いまはその時ではない」「カネを稼ぐまでは待つと言ったのに、相手の時間的な余地(nafasi)を奪うのは難しい」と主張するのだ。実際、数年が経って私が「信用の不履行が生じた」と認識した負債についても、彼らは「イまだ返してもらっていないだけだ」と言い張り、「いつ返してもらうのか」としつこく聞くと、「そんなこと、俺にわかるわけがないだろう」と怒り出した。
⑦ これらの商人や客の言葉や態度から、私はしだいに、彼らは商品やサービスの支払いを先延ばしにする取引契約である掛け売りを「市場交換」と「贈与交換」のセットで捉えているのではないかと考えるようになった。つまり、ツケは商品やサービスの対価であり、支払うべき金銭的「負債」である。これは返してもらう必要がある。だが、ツケを支払うまでの時間的猶予、すなわち客が現在の困難を解決し、ツケを支払う余裕ができるようになるまでの時間や機会は「贈与」したものなので、ひとたび「あげた」時間/機会を取り上げるには特別な理由がいる、あるいはその機会をいつ返すかはプレゼントの返礼のように与えられた側が決めるのだと。
⑧ しかし支払い期限を決めるのが貸し手ではなく借り手であり、しかも「生活に余裕が生まれた」という借り手の主観に左右される期限であるならば、支払いは五〇年後になることも、結果として死ぬまで負債が支払われないことだってありうる。明らかに貸し手に不利な契約であるが、「支払い猶予を与える契約」を「代金支払いの契約」と「時間・機会の贈与交換」に分割して考えると、彼らの言動はつじつまがあい、商売の次元とは異なる次元で帳尻があっているようにも見えた。
⑨ まず掛け売りが支払いの遅延を伴う売買契約に過ぎない場合、ツケを支払った時点で客には負債がないことになる。しかし実際には、ツケを支払っても客は、行商人に「借り」をもつかのように語ったりふるまったりする。行商人たちは客との交渉で「君がピンチのときに、ツケにしてあげたじゃないか」と言うことで、高値で買ったり、在庫を引き取ったりするよう説得をする。客も「いつものツケのお礼に、今日は二枚買うよ」などと応じることもある。より奇妙なことは、ツケが未払いな客が「ツケのお礼に」と食事を奢(おご)ってくれることだ。奢る余裕があるなら、なぜツケを支払わないのかと疑問に思うが、行商人たちは喜んで応じる。さらに客は「ツケのお礼に」自身の商売で行商人に掛け売りしてくれたりもするが、行商人がしたツケと客が行商人にしたツケが相殺されることもない。行商人は自身の商売でしたツケが未払いな客に対し、儲(もう)かった日に掛け売りの代金を払うのだ。こうした事態を説明するには、一つひとつの掛け売りの中に商品支払いと別に贈与交換が含まれていると考えるしかない。そして仮に「商品代金の支払い」は遂行されなくても、「時間や機会の贈与」に何らかの返礼が遂行されるのだとしたら、商売の帳尻があわなくても、ウ生活全般の上では帳尻があっているような気もするのだ。
⑩ いまから振り返ると、掛け売りが代金支払いの契約と同時に「贈与交換」を含むという了解は、彼ら自身が交渉の過程において共同で生み出していることでもあった。行商人と客との値段交渉は、互いに私的な困難を訴えあうことを基本とする。行商人は「昨日から何も食べていない」「取り締まりに遭って商品を失った」ので「高く買ってくれ」などと訴え、客は「滞納した家賃の支払いを迫られている」「息子が病気である」ので「安く売ってくれ」などと訴える。こうした値段交渉を「リジキ(riziki)(食い扶持(ぶち)。サブシステンス)を分けあう」という言葉で彼らは表現した。行商人は、交渉において客の表情や言葉尻などから相手のその時点での状況を察知し、多少の嘘(うそ)や誇張はあってもおそらく生活が苦しいのだと判断すれば、価格を下げ、それなりに好調な生活をしていると判断すれば、価格を上げる。このときに行商人と客との間には、「私は騙(だま)された(駆け引きに負けた)かもしれないが、それは相手を助けたのかもしれない」「私は騙した(駆け引きに勝った)かもしれないが、それは相手に助けてもらったのかもしれない」という余韻が残る。ツケの交渉も同様であり、行商人も客も互いに真実を話しているという確証はないが、それでもツケが成功裏に認められると、商売上では判断を誤った/うまくやったかもしれないが、「彼/彼女は事情を汲(く)んでできる限りのことをした/してくれた」という余韻が残る。エこの余韻が商交渉の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させるステップになるのだとすると、この交渉で実践されているのは、市場取引の体裁を維持しながら、二者間の基礎的コミュニズムを胚胎(はいたい)させることに他ならない。

小川さやか「時間を与えあう――商業経済と人間経済の連関を築く「負債」をめぐって」

設 問

 ㈠ 「行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致していた」(傍線部ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。


 ㈡ 「まだ返してもらっていないだけだ」(傍線部イ)とあるが、なぜそう主張できるのか、説明せよ。


 ㈢ 「生活全般の上では帳尻があっている」(傍線部ウ)」とはどういうことか、説明せよ。


 ㈣ 「この余韻が商交渉の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させるステップになる」(傍線部エ)とあるが、筆者はどのようなことを言っているのか、本文全体の趣旨を踏まえて一〇〇字以上一二〇字以内で説明せよ(句読点も一字と数える)。


 ㈤ 傍線部a・b・cのカタカナに相当する漢字を楷書で書け。
  a アイマイ  b イキドオり  c コウデイ

4.段落の要旨と要約

① タンザニアの行商人の売買形態について。二〇〇〇年代末までは、客と対面で値段交渉をしていた。

② 掛け売りというツケ払いについて。行商人は客の掛け売りに悩んでいた。

*「悩みごと」と「合理性」の対比関係を読み取ることができれば、傍線部アの解答作業は楽に行える。

③ しかし、掛け売りは行商人の商売戦略と合致していた。そして、その理由についての説明(設問㈠の重点)。

④ しかし、その商売戦略はツケの支払いを前提にしている。ある時には、結局、ツケの催促を辞めてしまうこともある。

⑤ 行商人が訪問を辞めることのひとつは、帳簿を付けないことにある。筆者は、帳簿を付けないことに理解を示しつつも、払う人と払わない人がいるのは、不平等だと疑問を抱いている。

⑥ ツケの返済が遅れることには寛容な姿勢を示すが、「ツケは必ず返してもらう」と言う行商人の考え方について(設問㈡の重点)。

⑦ 掛け売りは、支払うべき金銭的負債である一方で、贈与されたものでもある。(=単なる金銭的なものではない。二面性を持つ。)

⑧ 掛け売りは、貸し手には不利な契約だが、商品の次元とは異なる次元で帳尻が合うときがある。(=文化人類学の視点)

⑨ 掛け売りが有利に働く点について。掛け売りの中には「贈与」の観点が含まれており、行商人の生活全般で帳尻が合う(設問㈢の重点)。

⑩ 掛け売りの「支払い」と「贈与」の二面性は、客との交渉の過程で生み出される。行商人と客は、互いに私的な困難を訴え、交渉することを通して、コミュニズムを胚胎させ、助け合い生きている。

本文の構造
〈主題〉タンザニアの掛け売りについて
〈定義〉掛け売りは、市場交換と贈与交換の二側面から成立している。
〈根拠〉行商人と客の間では、掛け売りの中に贈与交換があることを共有しているから。
〈結論〉掛け売りを通じて、行商人と客は互いの困難を訴え、コミュニズムを胚胎させている。

要約
タンザニアでは、行商人と客との間で掛け売りが行われている。掛け売りにおけるツケには、金銭的負債としての側面と時間や機会の贈与としての側面という二面性がある。前者には返済の期限がなく、一見すると貸し手に不利である。だが、負債を払ってもなお、客は贈与行為をすることがあるため、実は生活上の帳尻が取れている。行商人と客は、掛け売りをめぐって互いの困難を共有し、コミュニズムを胚胎させることで共存している。(199字)

5.出典と背景

 出典は、小川さやか「時間を与えあう――商業経済と人間経済の連関を築く「負債」をめぐって」(所収は『負債と信用の人類学――人間経済の現在』以文社、2023年)。タンザニアの行商人と客とのやり取りを観察し、単なる金銭的やり取りに過ぎない「掛け売り」の背後に「贈与交換」の構造があることを論じた文章である。著者の小川さやか氏は、立命館大学の教授で文化人類学の研究者である。2023年に東京大学の学術フロンティア講義「30年後の世界へ――空気はいかに価値化されるべきか」に登壇し、本文と同じ内容を講義している。講義資料は、東京大学のホームページで公開されている(https://ocw.u-tokyo.ac.jp/lecture_2400/)。
 文化人類学は、人類が形成する社会や文化について、研究者が実地に赴き研究する学問である。特に、未開社会の調査や研究がかつて盛んに行われた。文化人類学を語るうえで代表的な人物は、クロード・レヴィストロースである。近代という時代区分には、「西洋=文明社会/東洋=未開社会」という通念が存在し、東洋は野蛮、下品、暴力、混沌とした世界観で、西洋よりも劣っているというステレオタイプがあった。こうした中で、レヴィストロースはオーストラリアのカリエラという先住民族の婚姻制度を分析し、西洋文明が長らく発見することのできなかった数学的な法則を、カリエラ族の婚姻制度の中に発見した。これまで未開であると見下していた文明の中にも先駆的な体系や知恵があることが分かったのである。レヴィストロースは、西洋中心主義が妄想に過ぎなかったことを暴き、文化相対主義・構造主義・ポストコロニアリズム(=エドワード・サイード)に多大な影響を与えたとされる。このように文化人類学は、フィールドワークを通じて「常識」とされるイデオロギーを相対化し、解体する装置として発展した。
 背伸びのために、「交換」という言葉にも触れておこう。私たちの生活や歴史を振り返ると、交換にはおおよそ3つの形態があるとされる。ひとつは市場における金銭的な交換(=資本)、もうひとつは差し入れやお土産といった交換(=贈与)、最後に、大きな組織がある価値を半ば強制的に徴収して分配するという交換(=徴収と分配)。しかし、これらの交換様式には問題点が指摘されており、これらとは別の交換様式を構築できないか、と考えることもできる。こうしたことを考えるのが、柄谷行人『力と交換様式』(岩波書店、2022年)である。

6.設問解説と解答例

 東大の現代文は解答欄がタテ13.5センチ、ヨコ9ミリを1行とする2行の解答欄で構成されている。1行30字程度なので、例えば2行の解答欄は60字程度で記述答案を作成する。論旨要約を要求する設問には、100字~120字の字数指定が付帯されているので、それにしたがって解答を作成する。文字はやや横長に書くとよい。表紙には「解答用紙の欄外の余白や裏面には、何も書いてはいけません」とあるので、欄外に解答やメモを書くことは認められず、失格になる可能性がある。日ごろから条件を守る習慣を身につけておこう。
 なお、繰り返しになるが、これ以降に示す解答は大学が発表したものではないため、あくまで一例である。各予備校のものは、解答速報で発表されたものである。

設問㈠ 「行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致していた」(傍線部ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。

【秋山の解答例】
掛け売りの容認は、客の確保や維持、販売数の増加に伴う仕入れの優遇に寄与するとともに、緊急時の備えとしてツケを活用できる利点があるから。(67字)

【河合塾】
後払いの容認が、余剰の現金を欠く者も得意客として確保し、販売数を稼ぐことで仕入れ時の優遇を図り、緊急時の備えになるといった利得を生むから。(69字)

【駿台】
掛け売りは得意客の確保や維持につながり、売り上げを増大させて自身の信用を高め、ツケが緊急時に貯蓄のように機能するから。(59字)

【代ゼミ】
掛け売りは得意客を増やし、ツケ回収時に新たな販売機会を生むとともに、販売数の増加で仕入れを有利にし、ツケが預金の代用ともなるから。(65字)

【東進】
得意客の確保や維持、支払時の商品購入の可能性、販売数増加に伴う仕入れ先からの優遇、商売不調時に回収する債権としての活用といった経済的利益もあるから。(74字)

設問解説
 筆者の判断の根拠を聞く理由説明型設問。傍線部の文構造は「掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性に合致していた」である。掛け売りを認めることの内実が、どのように「商売戦略上の合理性」につながるのかを論述すればよい。解答の根拠は、同段落の「得意客の確保や維持につながる」(a)、「販売枚数を稼げば…仕入れの順番や価格交渉において優遇される」(b)、「ツケを緊急時に使用する『預金』のようにみなし、」(c)の3点である。これら3点は、行商人にとって筋の通った肯定的な理由になるから、「商売戦略上の合理性」なのだ。
 解答根拠の範囲だが、形式段落②は「悩みごと」とあり、傍線部の「合理性」とは対立する話題が展開されているため、根拠として指定できない。また、形式段落④はツケが払われない場合の話題が展開されているため、こちらも方向性がずれている。したがって、形式段落③の中から解答根拠を探すことになる。
 なお、解答根拠のひとつとして、「新たな商品を購入してくれる可能性」という箇所をあげた人もいるかもしれない。個人的な見解としては、この部分を入れると字数が厳しくなってしまうこと、「販売枚数を稼げば…仕入れの順番や価格交渉において優遇される」(b)の内容と共通性がみられることの理由から、今回は解答根拠として採用しなかった。また、「ツケを緊急時に使用する『預金』のようにみなし、」(c)の「預金」は、比喩的な意味合いを持つ表現であるから、そのまま表現として使用することを避けたい。この設問のポイントは、具体的な内容を60字程度で一般化することができるかを見られている。2022年の問題もこの手の設問が1題あった。
 少々脱線するが、形式段落②に漢字問題が立て続けに2問付置されていることにも気を配ってみよう。出題者の視点に立つとき、傍線部の解答根拠になるであろうキーセンテンスに空欄を設けたり、言葉の意味を隠すカタカナ表記を設定することは避けたいはずである。これを逆手に取れば、本文の要旨には直接関係のない箇所、すなわち例示の文章にそういった空欄補充や漢字の問題を作ることが自然であると言えるだろう。センター試験・共通テストの問題もおおよそこの原則があてはまる。

設問㈡ 「まだ返してもらっていないだけだ」(傍線部イ)とあるが、なぜそう主張できるのか、説明せよ。

【秋山の解答例】
行商人はツケを払うまでの時間的猶予は贈与したと考えているが、市場の金銭的な支払いの義務は無意識に継続していると考えているから。(63字)

【河合塾】
商品の大家を支払う責任が客にあるのはもちろんだが、いつ支払うのかの判断は客に任されているという了解が売り手と買い手の間で共有されているから。(70字)

【駿台】
帳簿もなく支払う余裕ができるまで待つとする以上、長期の未返済も信用の不履行でなく返済できる状態にないだけだと考えるから。(60字)

【代ゼミ】
掛け売りは支払いの猶予と同時に、支払う余裕ができるまでの時間を買い手に与えることであり、その時期がまだ来ていないと考えるから。(63字)

【東進】
掛け売りは、支払い期限を客の主観に委ねる、時間的猶予の贈与と、代金支払い契約という二重性の下に理解され、後者における負債は決して消滅していないから。(74字)

設問解説
 人物の心情や動機を聞く理由説明型設問。傍線部を含む一文を見渡すと、行商人(=彼ら)が「まだ返してもらっていないだけだ」と発言していることが分かる。設問文には「なぜそう主張できるのか」とあるため、行商人がこの発言をするに至った理由が聞かれている。このタイプの理由説明は小説に顕著であるが、要するに「傍線部イのような発言をした『行動』の『動機』を答えなさい」ということであり、本設問の場合は、この発言の動機となった行商人の考え方を本文から探せばよい。
 この方向性を踏まえて、形式段落⑦を見る。「つまり」以降で要点がまとめられているため、そこを解答根拠として採用する。「ツケは商品やサービスの対価であり、支払うべき金銭的『負債』である」(a)、「だが、ツケを支払うまでの時間的猶予、…ツケを支払う余裕ができるようになるまでの時間や機会は『贈与』したものなので、…時間/機会を取り上げるには特別な理由がいる」(b)の2点を解答の中核にする。掛け売りの二面性を論述する設問であるから、解答の構文も「Aは~であるが、Bは~であるから」という形にする。

設問㈢ 「生活全般の上では帳尻があっている」(傍線部ウ)」とはどういうことか、説明せよ。

【秋山の解答例】
仮に商売上の不釣り合いがあったとしても、掛け売りの贈与交換は客の返礼を促す点において、生活上の利益は釣り合っているということ。(63字)

【河合塾】
支払いによる商品取引上の不均衡があっても、相手に配慮を示されたら返礼し、困窮しているときには助け合うことで人々の生は営まれているということ。(70字)

【駿台】
掛け売りは、相手に支払うまでの時間的猶予を贈与したという意味をも持ち、支払い以外で贈与に対する返礼がなされるということ。(60字)

【代ゼミ】
掛け売りの代金が回収できなくても、支払いの時間や機会を猶予したことに対しては、買い手からそれに見合う返礼がなされているということ。(65字)

【東進】
掛け売りには、代金支払い契約と別に時間的猶予の贈与が含まれ、後者への返礼が遂行されて贈与交換が成立すると、互いが不利益を感じない状況が現出するということ。(77字)

設問解説
 同義置換型設問。傍線部を含む一文を見渡すと、文構造が「仮に商品代金の支払いがなくとも、贈与の返礼があるのであれば、生活全般の上では帳尻が合う」という形になっている。ポイントは、「仮に~だとしたら」の部分が条件節になっており、傍線部が帰結になっていることだ。条件節と帰結の因果関係に注意して、それぞれを換言すればよい。
 条件節である「商品代金の支払い」と「贈与」は、設問㈡で確認した掛け売りの二面性のことを言及している。ツケの支払いが滞ってしまい金銭的な損をする羽目になったとしても、「掛け売りの中に」「贈与交換が含まれている」(形式段落⑨)ため、帳尻が合うということだ。帳尻とは、収支の計算が釣り合っていることを意味する。
 しかし、このままでは「金銭的な損をする羽目になったとしても、掛け売りの中に贈与交換が含まれているため、生活上の釣り合うが取れる」という解答になり、「贈与交換が含まれる」ことが、なぜ「生活上の釣り合い」をもたらすのか、不明確である。第三者が記述答案を読んだとき、簡潔かつ明確になっていることが必要であるから、抜けている理由を補足する。補足自体はわかりやすく、「時間や機会の贈与に何らかの返礼」(形式段落⑨)があるからである。その具体例が「ツケを支払っても客は、行商人に『借り』をもつかのように語ったりふるまったりする」「客が『ツケのお礼に』と食事を奢ってくれる」と紹介されている。
 以上の内容を踏まえて、「仮に~だとしても、贈与交換には~がある点で、生活上の釣り合いが取れるということ」という構文で論述する。

設問㈣ 「この余韻が商交渉の帳尻をあわせる失敗を時間や機会の贈与交換に回収させるステップになる」(傍線部エ)とあるが、筆者はどのようなことを言っているのか、本文全体の趣旨を踏まえて一〇〇字以上一二〇字以内で説明せよ(句読点も一字と数える)。

【秋山の解答例】
 行商人と客の間で互いに騙し合いながらも助け合っていると感じることは、商売上の不釣り合いを被ってしまっても、互いに私的な困難を訴えている点で、相手に贈与を施そうとする心性を醸成することにつながる相互扶助の基盤が生まれる契機になるということ。(119字)

【河合塾】
 掛け売りは商取引の一種だが、相手の訴える困窮に応じてツケを設定する際に助けた、助けられたという感覚を抱くことで、代金が回収できなくても、支払いの猶予を相手に与えたことへの返礼が得られればよいと納得でき、そこに相互扶助の気風が醸成されること。(120字)

【駿台】
 掛け売りの交渉において、騙し騙されながらも互いに助けあっているという感触をもつことが、市場交換としては非合理な不均衡を互いに生活を立て直す時間を与えあうことへと変換し、困難を抱える人間が共に支えあって生きることを可能にしているということ。(119字)

【代ゼミ】
 掛け売りは単なる商品の市場交換にとどまらず、交渉に成功した側には相手への負い目を、失敗した側には自分が助けたという優越感を与えることで、たとえ代金の回収に失敗しても支払いの時間や機会の猶予に関する贈与関係を生むきっかけになるということ。(118字)

【東進】
 客と行商人が自身の困難を訴え合う掛け売りの交渉では、交渉の勝敗とは逆の感覚が相互に残ることで、回収不能なツケは、支払いの時間的猶予とそれに対して返礼を行う贈与交換へと昇華されて、人の基本たる相互扶助の関係が市場経済に浸透していくということ。(120字)

設問解説
 東大現代文の代名詞ともなっている論旨要約型設問。傍線部の説明に終始せず、本文全体の要旨を踏まえて解答することになる。ただ、東大現代文は各設問に解答することによって、各意味段落の要旨を拾っていく構成になるため、おのずと既に解答した設問の解答と重なる部分が出てくる。はじめに傍線部自体の換言を行い、その骨に対して要旨を肉付けしていくイメージで解答する。
 まず、傍線部が長いので分割する。今回は「この余韻が/商交渉の帳尻をあわせる失敗を/時間や機会の贈与交換に回収させる/ステップになる」というように4つに分ける。
 第一に「この余韻」について。直前の内容を参照する。「『私は騙された(駆け引きに負けた)かもしれないが、それは相手を助けたのかもしれない』『私は騙した(駆け引きに勝った)かもしれないが、それは相手に助けてもらったのかもしれない』という余韻」と「商売上では判断を誤った/うまくやったかもしれないが、『彼/彼女は事情を汲んでできる限りのことをした/してくれた」』という余韻」の2つの余韻があることに注意しよう。対句表現となっており、これでは長いため、行商人と客の間で互いに騙し合いながらも助け合っていると感じること(a)、とまとめる。
 第二に「商交渉の帳尻をあわせる失敗」について。これは、掛け売りの二面性のうち、金銭的負債について述べた表現である。設問㈢の解答を活用して、たとえ商売上の不釣り合いを被ってしまっても(b)、とまとめる。
 第三に「時間や機会の贈与交換に回収させる」について。これは掛け売りの二面性のうち、贈与交換について述べた表現である。金銭的負債を抱えている状況であっても、相手に贈与をしようと心的作用が生まれるのは、行商人と客との間で私的な困難が共有されているからである(c)。
 第四に「ステップになる」について。これは、つながる、接続するなどと言い換えておく(d)。
 ここまで捉えた(a)~(d)の骨に、全体の要旨を肉付けする。今回は、傍線部の続く文章で「この交渉で実践されているのは」と傍線部を指示しているから、最終センテンスの「市場取引の体裁を維持しながら、二者間の基盤的コミュニズムを胚胎させることに他ならない」を参照する。つまり、掛け売りの交渉で発生する「この余韻」は贈与交換を促す「ステップ」になっており、さらに「二者間の基盤的コミュニズム」を構築するきっかけになっている、と筆者は主張したいわけである。
 最後に、行商人と客との間における助け合いの関係を「相互扶助」というキーワードで論述した。こうしたキーワードは、大学のアカデミックな研究世界で使用される言葉ではあるが、本文のテーマを簡潔に表す語彙であるため、使用できると採点者にニッコリしてもらえる(予備校の答案にも使用されている)。

設問㈤ 傍線部a・b・cのカタカナに相当する漢字を楷書で書け。

  a アイマイ  b イキドオり  c コウデイ

  a 曖昧    b 憤(り)   c 拘泥

7.執筆にあたっての参考文献

学術論文の形式を取らないため、略式で記した。

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