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素人が源氏物語を読むーー帚木3帖を読み直して身分違いの恋の「身分」ついて整理したいーー

源氏物語と言えば身分違いの恋。身分違いの恋といえば少女漫画の鉄板ネタ。ときめくのにうってつけ。だが……、しかし。冷静になってみると、現代ものの身分違いの恋というのは、親の貧富や人望の有無や成績の上下などの格差のことであって、平安中期のそれとは別モノだったのではないの?


そんな疑問を帚木3帖を読んで整理します。

◇なぜ帚木3帖に期待するのか

帚木3帖というのは桐壺の次から始まる「帚木・空蟬・夕顔」のセットの呼び方です。この頃の光源氏は思春期です。後に紫上と呼ばれ長きに渡って光源氏の「一の人」になる幼女の若紫ちゃんとは、この時点ではまだ出会ってません。

なぜ帚木3帖を読めば、身分とか恋される女の要素が分かると期待したのか? それは世にも有名な「雨夜の品定め」という場面ーー上流だけじゃなくて中流にも個性的な女がいて楽しいよね、なんて盛り上がる男子会。ここで光源氏は中流の女って恋愛対象なんだ、って目覚めちゃいますーーを経て、中流の女との身分違いの恋が重ねられるからです。


◇身分の感覚、これはわかる。

身分だったら何でも分からない訳ではなくて、こういうのだったら現代でも想像しやすいと思います。

たとえば『枕草子』で辞令交付のシーズンに、今年は上がる筈だからって家中でウキウキして待ってたら、地方に飛ばされちゃった。そんなのって悲惨ね。そんなふうに書いてある。そりゃ、上がると思うだけの努力やら貢献やらをして期待したんでしょうから、茫然自失でしょうね。

あるいは『伊勢物語』。皇太子の選抜に漏れ、御子なのに親王を名乗ることも許されず、臣籍降下される。そんなひとが色好みでもしなきゃやってられない、ってなるのは贅沢な悩みかもしれないけど、なんとなく分かる。烙印2つ押されてる感がハンパないですもん。それでガチ恋にも破れたから都を離れて旅に出る、ってなるのも情けないけどグッとくる。

そういう意味では、光源氏が色好みするのも分からないでもない。

母親は小さい頃に死んじゃうし、まるで恋するように仕向けられてるかと思った継母への横恋慕は成人の儀式をしたら面と向かってお目にかかることすら叶わなくなる。それと同時に政略結婚した正妻は継母とは比べ物にならないし。恋で憂さ晴らししたくても仕方がないかもしれないです。

◇身分の感覚、これは分からない。

ひるがえって『源氏物語』。

過去記事で書いたのは、人妻の空蟬ちゃんが光源氏に夜這いされて抵抗したのに貞操を奪われちゃったときのことです。そりゃあ、光源氏は名高い美男ですもの、誰だって胸が高鳴るかもしれません。それでも抵抗する空蟬ちゃんに、そうだよねえ、拒む理由がアナタにはあるよねえ、と気持ち寄り添えてるつもりで読み進めると、驚愕の事実が出てくるんです。

空蟬ちゃんが拒否したかったのは、

「噂のイケメンなんだもの、よろめきたいっ……、でもあたくしには夫が」

なんて記述は無いんです。代わりにあるのは

「入内もアリかもって夢見てた、従四位(殿上人)の衛門督(えもんのかみ)だったパパが生きてた娘時代だったら、たまの通いを嬉しく待てたのに」

「パパも死んで伊予の介っていう従六位(not殿上人)の老人の妻だから、どうにも釣り合わないんだもん」

です。マジか。伊予の介、可哀想。


ついでにいえば、「桐壺」の冒頭。死んだお父ちゃんの位が低かったから娘も妃のなかでワンランクさがる更衣になっている桐壺ちゃん。そんな彼女が帝の寵愛を独り占め。そんなときに「あの子、レベル低いほうの妃なのにズルい」ってキレるのは妥当じゃないんじゃないかなあ、とモヤモヤします。みんなそれ狙って入内したんじゃないの? と。

桐壺ちゃんの通る廊下に糞尿撒き散らしたりするんですよ? やったの誰かは知らんけど、キレてますよね。だいたい汚いじゃん。だれが掃除するのよ。近江ちゃん(下働きも辞さない頑張り屋さん)はまだまだ出てこないのに。

相手がキレてるんだから、桐壺ちゃんも黙ってやられてないで怒りのパワーを出して、空蟬ちゃんみたいに衣装なんか脱ぎ捨てちゃえばよかったんじゃない? それとも、これで帝のとこに行かなくて済む言い訳できたしラッキー、って感じだったのかなあ。桐壺ちゃんはとにかく言葉数が少なくて、何を考えてるのかよくわからないんです。だから、桐壺ちゃんは帝を好きじゃなかった、っていうアレンジもあります。

妃のランク

妃は大きく分けて女御と更衣っていう2つのランクがあって、父親の位によってどちらになるかは決まっています。皇族か大臣の娘がなるのが女御、それより下が更衣です。

一夫一婦制ではなく強引な性交渉も許されてそうな状況ゆえ、繁殖実績は確保できそうです。そう、女御だけで十分のように、素人目には見えるのです。

まあ、それだけだと安定感ありすぎて帝へのサービスが低下するから、競争原理を催すために下位クラスの更衣が導入されたんですかね。この辺は妄想ですが、そう考えると納得できる。


ともあれ。娘を入内させて帝の寵愛を受けて子どもを産んで、その子が帝になったら家は繁栄、というファンタジーは当時にもあった模様。だから、桐壺ちゃんのパパはどうしても娘を入内させたかった。入内ドリーム。階級移動の夢が人を狂わせる。あるいはそれは、ただの求人ポエムだったのかもしれない。あ、いけない、また妄想が。


なんていうか、『源氏物語』を読んでいると、位が下だったら人じゃないように扱われるのも仕方がないのかなあ、と思って、よく分からないんです。

◇帚木3帖で知る身分

◇一位~三位。公卿。

一位は常設ではないポジションで太政大臣。光源氏は最終的にここまで登り詰めます。

二位は左大臣・右大臣・内大臣。桐壺更衣のライバル=弘徽殿の女御は右大臣の娘です。権勢を誇る家柄ということになるんでしょう。

光源氏の正妻=葵上は左大臣の娘です。ということは、これより上位の女は皇女だけなんですね。

藤壺さんは先帝の皇女です。皇女として生まれ、帝と結ばれる。皇統。藤壺さんは、実母にそっくりという意味で母性を象徴するような存在ですし、臣籍降下した自分が失った皇統にあり続けているという存在でもあり、つまり自分が失った尊いものを2つもイメージさせる生身の女なんです。彼はちょっと皇統コンプレックスみたいな雰囲気があるんですが、これは、執着するのも当然の成り行きかもしれない。

こうね、考え出すと納得させられてしまう、そんなところも紫式部先生の凄いところです。

三位の聞いたことある感じの役職は大納言・中納言・近衛大将。三位と、四位のうち参議というポジション、ここまでが公卿となります。

納言つながりでいうと、少納言は従五位です。同じ納言でも、大&中と少とで、随分と間があるんですね。


◇四位~六位。殿上人と地下人。

四位(参議を除く)と五位、六位のうち蔵人、ここまでが殿上人で、昇殿を許されています。

六位(蔵人を除く)以下は地下人(じげにん)と呼ばれます。



六位は下に見られてるんだなあ、と思うエピソードはこれです。

光源氏の息子=夕霧が元服するときのこと。光源氏の七光で四位とかにするのが妥当と思われたのに、なんと光源氏は自分の息子に六位を与える。なんて可哀想に、と泣く者あり。夕霧は幼馴染みの雲居の雁と両想いなんですが、そんな低い身分じゃ結婚なんて無理よね、と嘲笑う者あり。そんなふうなのが六位でございます。

そこから下は、ざっくりそれ以下という認識でよいのではないかと今のところ思っています。

◇入内してない女たち

娘に関しては、父親または夫の位に準じて扱われ方が変わってくるようです。

父亡き娘はどうなるのか。入内するか、女房になるか、どっか嫁ぐか、するしかないんですかねえ。

嫁いだら、夫の位に応じた扱いを受けるようです。社宅の妻か。

あ、なんらかの財力を使えるのなら出家というのもアリですね。

◇下位に対する扱い。

問題は、下の位に対する扱いです。どんなふうに思ったり扱ったりするのが当たり前なのでしょう?


☆貴族同士だからってフラットでフレンドリーな訳じゃないんです

帚木の冒頭、雨夜の品定め(セレブのゴキゲンな男子会)でもすでに、位による上下関係があることは感じられました。それは、いつものメンバー同士の体育会系的な空気のようでもありました。

貴族の上澄みのようなひとたち、帝の御子である光源氏もここに入ります。

『源氏物語』は貴族社会を舞台にした物語です。平民は出てきません。ですが、貴族たちと一括りにしても、そのなかには明らかに上下感覚があり、現代の感覚では理解しにくい。

この格差の感じは、役職に敏感な男性だったら共感しやすいのかもしれないとも思うのですが、それとも違うような。

◇上位の貴族は尊くて貴い特権階級!
帚木3帖を読んで感じたのは、書くと当たり前なのですが、上位であるほど特権階級だ、ということです。

貴族=特権階級。今となってはイメージしにくいですが。


・偏愛されるというよりも、貴い。

・一方的に愛されるのに相応しい。
・許されるべき存在。
・支えられるのも当然。

・できれば気高くいてほしい。高飛車でも可。様式美。
・下位に手間をとらせることなどは何とも思わない。

・女や子どもまでもがポケットマネー半端ない(※1)。
・愛や贈り物を時々くれる。
・女を奪っても許される。

※1 女が夫の下位の愛人に呪詛をかけるのも、思春期の男子が秘密の恋人をゴージャスに弔うのも金が係る筈。でも、それを夫とか親とかに知られずにやれるんです。だからポケットマネーなのだろうと判断しました。それともツケになってたのを旦那さんが後でまとめて払ってたのかなあ。

◇下位の貴族は尽くして待つ

・男も女も基本は待ち受けなのかなあ。
・当然のように、もてなす。

・様式美に対して個性美の世界。

・上位からのお情けの浅さ深さを推し量る。

・常識=男のファンタジーが内面化されていると恋を拒めない。これは教育の結果、意思が伝えられなくなってしまうということで、悲しい。

・リアリストは常識を越えられるが、とんでもないことである。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
次は、空蟬 vs夕顔 です。

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