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素人が源氏物語を読む~末摘花:なんでも持ってそうな光源氏はどうして無い無い尽くしの末摘花の夢を見たのか

家柄が良くてエリートコースに乗っかってる。咄嗟に和歌を詠む教養もある。即興で演奏すれば聴衆の心を打つ。舞えば見た人すべてが泣くほどカッコいい。そんな光源氏に落とせない女なんて、ほぼ皆無でしょうに、なぜ彼は末摘花などという無器量な女の子と長く関わりを持ったのでしょうか?

プレイボーイの物語に面白味を加えるためでしょうか。あるいは読者にとっての癒しになるからでしょうか。美男美女のケースばかりが連なって嫌味っぽくなるのを中和させるためでしょうか。

源氏物語は、誰も「しあわせ」にならない虚構世界です。この女人だけは侵されざる「しあわせ」を生きる、そんな聖域が設けられていても、良かったのではないの?

紫式部先生へ届けたい疑問文は、54帖の既に完成された作品の無言の圧力に封じ込められます。聖域など必要なかったのだと。

ああ、そうね、あの光源氏でさえも、そんな聖域に行けなかったからね……。オッケー、好きよ、そういう作者。わたくし月乃は、光源氏をメンヘラの恋愛依存症だと思ったことがあります。ええ、そういう男のひとも好きです。ただし眺めるのみ。隣で見てたい。


さて、末摘花についてはこんなことを書こうと思います。

・簡単で虚しい恋愛に膿む頃
・うしなわれた下流女子をもとめて
・末摘花は光源氏が回避した未来

今回はあらすじはパスします。一文に要約すると「ラブハンター=光源氏は紅花(赤鼻)ってあだ名の女の子ともお付き合いしたよ」です。

■簡単で虚しい恋愛に膿む頃

雨夜の品定めと呼ばれるパリピ男子会シーンで光源氏が「中流女子」という未体験ゾーンの存在を知ったあと、人妻の空蟬ちゃんを攻略しようとしたり、夕顔ちゃんという中流女子にどハマりしたのに死なれちゃったりしたのが17歳のとき。

その翌年に継母で父帝の妻である藤壺さんと強引に結ばれて懐妊させたり、療養先で見初めた10歳の女の子を自宅に誘拐してきたのが18歳の年。

同じ18歳のときに、末摘花のところに恋文を送りはじめています。でも反応がないし、藤壺とか紫の君とかのことなんかも忙しくて、段々どうでもよくなります。

この頃の光源氏は基本的には藤壺ラブなんだけど、定められたのと違う相手と恋をしたいお年頃です。

光源氏があちこちに文を送りつけると、なんということでしょう、ほぼ全ての女子たちは簡単に落ちます。

でも、軒端荻ちゃんみたいに後日あっさり別の男、光源氏から見ると格下の男と結婚したりするんです。これは、複雑な心境になりそうですよね。みんな「イケメン光源氏」を体験したのちに、別なとこにおさまっていく。

女ってみんな簡単だし何かしら物足りない、退屈なくらいeazy come, eazy goって思ってたけど、簡単なのは俺の方なのか? うんざりしながら夢想を諦めきれずに今日も文を誰かに書き送る。ああ、ただれる。夕顔ちゃん無き世界の虚しさよ。

なんてことを、彼は思ったりしたのかな。これはただの、理解不能な距離を妄想で辿り着こうとする試みですが。

そんな時に寝てみた女の子は、自分以外の男たちは到底相手にしなさそうな冷凍マグロ女子。この時点で容姿は未確認ながらも「この態度、ありえないっしょ」と思いつつも、意外なことにこのファーストコンタクトの時点で光源氏は「俺が面倒見るから!」って決めてるんですよ。この謎、どうですか。

とはいえ後朝の文っていう、朝帰りした朝のうちに男から送るべきラブレターは夜に送りつけて女子からしたら最悪だし、最初の三夜は連続で通うべきなのにスルーでウツな展開ですよ。ま、滑稽話回ですけど。たしかにその日、帝のパーティーの準備で急に忙しくはなったんですけど、心に決めたことと実際の行動がチグハグだから。

でも、彼って、そういうの多いんですよね。紫の君を初めて1つのベッドで夜通し抱きしめてた次の晩も来なくて周囲の女房の顰蹙を買ってたし、すっごい年寄りになってからだけど女三宮と結婚したときも、そう。

なんかこう、邪魔の入る案件ってのを並列で考えると何か効果的な読みができそうな気がしますが、とりあえず先に進みましょう。

■うしなわれた下流女子をもとめて

抄訳バージョンの源氏物語だと飛ばされちゃったりするんですが、末摘花にアプローチするときに、光源氏はポスト夕顔を期待しています。

みすぼらしい家に住まう美しい姫。俺だけを頼りにしてくれる。それはきっと、貴族どうしの駆け引きとは無縁の心安らかな楽園でしょう。

源氏物語でその楽園は、人生の一時に必要だけれど長くは留まれない場所、のように描かれます。

桐壺帝×桐壺更衣は短いご縁だった。光源氏×夕顔も儚い繋がりだった。全54帖のラストにあたる宇治10帖にも、ハイスペック男子と不釣り合いな彼女のお話があるんですが、そちらも激しく燃えてあっけなく消えるタイプの恋です。

出世するなど社会のなかで居場所を磐石なものにする役には立たないけど、他者の期待という重荷を外せる私的で極上な時間。必ずエラーに終わるけれど体験する価値のある期間。ちょっと切ないけど、いいッスね~。

この手の恋は、何度も繰り返すようなモンでは無かろうと思われるんですが……。なくした恋を再現しようとして全然違う展開を辿るのは、未来は予想とは違うという、その時代なりの実感も反映されているのかもですね。

■末摘花は光源氏が回避した未来

都の外れにありながら、世間と隔絶したように密やかに佇む邸に、末摘花は住んでいます。そこは故常陸宮の邸で、末摘花は宮に可愛がられた娘さんです。

光源氏と末摘花の共通点として、皇室関係の子孫であること、父親に愛された子であること、故人の遺した地に住んでいることなどが上げられます。この時点で光源氏の住まいは、死んだ母親の実家を改築したところです。他に似てるのは髪の美しさでしょうか。

二人の相違点は、光源氏には美貌・教養・音楽のセンス・豊富な恋愛経験・結婚の経験・十分な資産などがあり、末摘花にはそれらが何もないということです。

帝の子孫でありながら、ずっと守られて生きていくことはできない、という条件の、両極端な事例です。

ここから私の妄想ですが「自分は運良く回避できているけれども、こうなっていても不思議ではなかった未来」として光源氏には見えていた……。ということも有り得なくはない。両者を分けたものは、客観的には当人たちの資質や教育、政治的なパワーバランスなど多くの要素が複雑に絡み合っているはずです。しかし、光源氏の主観として、この格差に思い上がりや罪悪感を覚えたとしても不思議ではないです。

一度寝た時点では、宮さまの子孫で髪の美しい貧困女子、ということしか分かっていません。それでも「俺が面倒を見るしかない」と決めたのには、そんな事情もあったのかもしれません。あったら、いいなあ。

それでは今日はこの辺で。

とりあえず、1週間で1帖読めればと思っています。まだまだ書きたいことはありましたが、残念ながら時間です。貧困描写とかね、書きたかったなあ、その辺を掘り下げたら、平安中期の京の都が雅なだけじゃなく陰翳ある都市としてイメージできそうじゃないですか。

次はイケメン2人のダンスシーンが有名な『紅葉賀』です。このダンスシーンを初めて読んだ時には「これ『全米が泣いた』と同じじゃん、紫式部先生、先取りしすぎでしょ!」とツッコミましたよ。それでは、また!

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