見出し画像

少しは文章書けるようになったかな

アメリカ時代

アメリカでは、デラウェアに2年、デトロイトに8年ほどいた。デラウェアでは日本語を話せる友人が3、4人いたけど、ミシガン大学のディアボーンキャンパスには一人もいなかった。

帰国後

すっかり日本語脳が麻痺したまま日本に帰って就職する時に、最終面接で目の前に重役がずらりと並んでいて、緊張して言葉が出なくなった。出社初日には、僕は日本語が全く話せないという噂が、社員が1000人ほどもいる全社に広がっていたことを知らされた。

仕事では高校時代の記憶を辿って、報告書を書いたりもしたが、とにかく日本語が出ずに苦労した。

パソコン通信に参加して


会社を辞めてニフティーサーブに参加した時には、Note と同じように自分の意見を書いて、その下に意見や質問のコメントがぶら下がるという対話形式のコミュニケーションが行われたが、たまにコメントはできても、自分自身の意見を冒頭にまとめることがどうしてもできなかった。

まあ、2年ほど経つとなんとか日本語のタイピングにも慣れて来たのだが相変わらず文章にならない。

翻訳者時代

それから30年ほど翻訳の仕事をして、ほとんどが和英翻訳でこそあったが、まとまった文章を書く自信はついてきた。

Noteにチャレンジ

時間があまりなくって、ブログを始めても続かないので、今の僕が Note のような SNS に参加して、どれぐらい記事を書けるのか、相変わらず自信がなかった。日本語への苦手意識は帰国して40年経った今でも無くなっていない。

加入してから、28日が経過したが、そこそこのテキストを数記事ずつ書くことができたのには正直驚いている。

これからは、ちゃんと推敲して文章力を鍛えていかないといけないな。

サポートしていただいたお金は、Noteでより密接な人の輪を作るきっかけに使わせていただこうと思います。よろしくお願いします。