【論文メモ】脳内の電磁場においての統合情報:意識のセミ・フィールド理論
【この論文はどんなことを問題にしているの?】
難問である『意識の結びつけ問題』を解決するために意識の物理的基盤は脳内の電磁場であるという理論を唱えている。
『意識の結びつけ問題』とは、我々の意識は、様々な要素からなるが、それらはひとつの意識として統合されている。どのようにそれが行われているのか? という問題だ。
この論文では、脳内の電磁場変動が意識の源であるというアイディアでもってそれを説明する。意識をニューラルネットの計算とする見方では、意識の結びつけ問題を解決することはできないが、意識を電磁場計算とする見方により解決できる。
【時間における統合情報と空間における統合情報】
○脳内の神経細胞の発火率は、その自由度が外部世界の自由度と相関しているという意味で、外界情報をエンコードしている。これはシャノンの言う意味での外界の情報を保持している。(送信者と受信者のメッセージの自由度の相関をビットで測ることで情報を定義する)
○また、意識的神経情報とは、意識的な主観報告にエンコードされた情報と相関する脳内にエンコードされた情報である。(Dehaene and Naccache 2001)
○脳内には様々な自由度がある。意識的な心をエンコードしている情報の物理的基盤とはなんだろうか?
○そのことを知るためには、「統合された情報integrated information」について知らなければいけない。
○「時間的に因果的に統合された情報」とは、ある複数の情報が時間的な因果関係の連鎖を介して統合されているものだ。時間的因果的プロセスにより統合されているのであり、統合された物理的状態があるわけではない。
○時間的統合情報はコンピュータ(ブール論理ゲートで構築され、チューリングマシンの実装である現代のコンピュータ)の特徴でもある。
例えば、andゲートを考えよう。時間t1のとき、0と1という情報は、時間t2のときに0という情報に統合される。アウトプットそのものが統合された情報を表しているわけではなく、時間t1のときのインプットに依存している。
ゲートの物理的状態が統合された情報に対応しているわけではない。
【ニューロンは情報を統合するか?】
○ニューラルネットワークはブール論理ゲートと似ている。時間的因果的にのみ情報を統合し、物理的には統合しない。たとえば、特定の人の顔を認識するニューラルネットワークにおいて、個々の特徴に反応するニューロンは、機能的(因果的)に言語報告処理につながっていれさえすればいいので、全体として統合されてはいない。
○下流の運動出力ニューロンは、上流のニューロンと同時に物理的相関状態を持っているわけではない。
○このような時間的統合は、「時間、空間、属性、観念を超えて情報を統合する私たちの能力」(Treisman 1999)に対応することはできない。
【空間における情報の統合】
○物理システムに統合された情報をエンコードするのは、不可能ではない。たとえば、力場がある。ある一点の重力場は、地球・月・太陽などの質量の情報を統合している。同じく、電磁場はローカルな電荷の情報の統合を表している。
電磁場は、コンピュータと同じように計算することができる。
電磁場は、アルゴリズムを空間的に表象しているのであり、チューリンマシンのように時間的ではない。電磁場における情報は、物理的に統合されている。
○電磁場はどこまでも広がっているので、単独の電磁場というのはないのでは?という問題がある。これは逆二乗則により距離が離れると急速に電磁場は衰退していくので解決できる。
あるニューロンの発火による電磁場の広がりは80μmが限度であると推定できる。
時間的に統合された情報と違い、空間内のアルゴリズムは、インプットが同期したときのみネットワークの要素として機能する。ゆえに意識が電磁場をベースとしたアルゴリズムに分布しているという仮説からは、意識情報はニューロン発火の同期に相関しているという予想が導き出される。
【脳内のEMFトランスミッターとレシーバー】
○脳は独自の電磁場を発生させている。その源は、ニューロン膜内の電気的双極子である。
また、脳内の電磁場変動がニューロンの発火に影響することもわかっている。
【意識のセミフィールド理論】
○意識的電磁情報(cemi/セミ)場理論は、脳の電磁場が意識の物理的基盤であると主張するものだ。脳の内因性電磁場が、個々のニューロンの情報を統合して意識の基盤となる。
〇脳内の電磁場は大域的であるため、脳内のローカルな情報を結びつけることができる。また、他の意識理論で提唱されているワーキングメモリやグローバルワークスペースの物理的基盤を提供する。
〇電磁場が意識の座であるという説が、意識の座が脳の物質にあるという説よりも突飛だととはいえない。物質もエネルギーも同等なものである。この理論は、一種の二元論であるが、形而上学的な二元論ではなく科学的な二元論である。
〇場のコンピューティングは、同期しているニューロンにより実装することができるため、もし意識が場のコンピューティングをしているならば、意識は神経の発火速度よりも、神経の発火同期と相関しているという予測がもたらされる。
その予測は検証されつつある。
・サルの脳のニューロンは、刺激に注意を払うと同期して発火することが実証されている(Kreiter and Singer 1996)。
・目の錯覚にさらされた被験者の神経同期パターンは、意識的認識と相関があること(Lutz et al. 2002)。
・意識的な聴覚認識がガンマ振動の長距離同期と相関している(Steinmann 2014)。
・外傷性脳損傷を受けた患者において、前皮質と後皮質の間がどれだけ同期しているかは、意識レベルと相関する(Leon-Carrionら2012)。
〇同期するニューロンネットワークの間に矛盾した信号があったとしても、脳内の電磁場は常に単一に保たれる。これは他の意識理論にない利点となる。両眼知覚闘争の際に、ニューロンの同期は知覚のスイッチングの予測となるが、これはセミ場理論に整合的だ。他の意識理論は意識を持つかどうかについて恣意的な基準を使うが、セミ場理論はニューロンの発火を調節できる電磁場という明確な基準を使う。
ニューロンのみに注目してみると、なぜこれほど発火同期が重要なのかという説明がつかない。ニューロンは同期せずとも、同じように情報を分配することができるからだ。
【セミフィールドのアウトプットノードとしての「自由意志」】
○セミ場理論は、脳の電磁場としての意識は入力と同時に出力も持つ。脳の内因性電磁場はニューロン膜のイオンチャンネルに作用する。実際、軽頭蓋磁気刺激(TMS)が行動に影響を与えることが実証されている。
○標準的なシナプス伝達に加えて、内因性電磁場経由でニューロン同士が通信をする。セミ場理論においての脳の電磁場は、ウィリアム・ジェームズによって提案された意識の役割と似ている。ジェームズは意識の役割とは、神経プロセスの発火に対して、一定の方向づけとなる圧力をかけることだと述べた。
【意識ある脳状態と意識なき脳状態】
○意識理論が解決しなければいけない難問の一つが、意識のない脳状態と意識のある脳状態をどう区別するかという問題だ。
従来の意識理論では、複雑性、統合性、選択性、長距離統合性、グローバルワークスペースへのアクセスなどの恣意的な閾値を仮定している。
○しかし、文法読解や不安定な足場で体のバランスを保つことなどの複雑な活動が意識的アクセスなしでできる一方で、掛け算など単純な活動では意識的アクセスがある。この違いを説明しなければいけない。
〇セミ場理論は、意識的な精神ストリームと非意識的な精神ストリームの両方が進化することを自然に説明できる。
なぜならば、脳の内因性電磁場がニューロンに与える影響が、ポジティブ、ネガティブ両方あるから。
ポジティブ:複数のニューロンが位相同期する。電磁場によってエンコードされた情報が脳内の多くの領域に分布する。電磁場により計算される。
ネガティブ:ニューロンの計算が阻害される。
脳内電磁場は自然淘汰の影響を受ける:電磁場が適応度を高めるニューロンは、同期発火を増加させ、電磁場が適応度を低めるニューロンは、電磁場への感度を低める。こうして、電磁場感受性が高いニューロン回路と電磁場感受性が低いニューロン回路ができる。前者が意識的ストリームに関与して、後者が非意識的ストリームに関与する。
〇また、セミ場理論は意識と無意識の心の違いの説明をすることもできる:無意識の心はいくつものタスクを同時に実行できるが、意識的な心はシリアルであるという問題である。
複数の意識的思考は常に互いに干渉しあうため、脳の意識的電磁場は常に単数。互いに干渉を受けない多数の無意識的心と、単数の意識的心が生まれる。無意識的心はニューロンにより並列処理されており、物理的統合をしていないため、マルチタスクが可能である。
〇意識の統合情報理論(IIT)との違い
意識が排他的・最大的であることは予測していない。
もっとも単純な思考が意識を支配することは可能
情報統合の複雑さと意識的思考との間には相関関係がない(険しい地形を走るための必要な運動は膨大な情報統合を必要とされるが意識がなく、単純な感覚刺激が意識的思考を上書きする。
自然言語理解はセミ場による空間的統合を必要とするのに対して、無意識の神経処理は時間的統合を伴うという予測をする。
【意識のシグネチャー】
〇意識の特徴は脳内の大規模な電磁場の摂動と一致する。
意識と一致する脳神経の特徴(シグネチャー)として、脳内神経活動の発火同期があげられる。これは大規模な電磁場の変動がともない、セミ場理論と両立する。
このシグネチャーは、セミ場とどのような関係にあるのだろうか?次のような関係にある。ニューロンの出力が入力に帰り(リエントラント回路)、増幅すると、電磁場はニューロンの発火を導くほど強くなる。そのようなループはニューロンの全体的な同期となるのだ(位相が転移する)。
【学習と記憶における意識の役割】
〇セミ場理論に照らし合わせると、記憶と学習における意識の役割が自然に導き出される。脳内の電磁場による増強が繰り返されると、神経接続を増加させる(長期増強)か減少させる(長期抑圧)。つまり、意識的な運動行動が繰り返されると電磁場から独立したニューロン接続が生まれ、非意識的となる。
〇また、外部からの電磁場が記憶や学習に対してポジティブにもネガティブにも干渉する傾向があることを予測する。
【意識の電磁場理論への異議申し立て】
〇反論1:外部電磁場は脳波に有意な影響を与えない。
しかし、TMS(経頭蓋磁気刺激法:8の字型の電磁石によって脳に弱い電磁的刺激を与える)の生理学的認知的効果は、適切に構造化された電磁場は思考に影響を与えるということを示している。
〇反論2:脳分裂患者は単一の脳電磁場を保持しているにもかかわらず、二つの意識を持っている。
意識が単一であるためには、電磁場の意識的情報が同期して発火するニューロンの再帰振動リレーによって伝達されていなければいけない。ニューロンネットワークの切断は各半球の電磁場情報の断絶となる。
〇反論3:なぜ脳内に存在する電磁場だけが意識的なのか?
意識的であると認められる電磁場の特性は、複雑な計算を符号化できるだけの複雑さと、因果的力が必要。
汎心論は予測しない。
【セミ場理論の検証】
〇すでに検証されている内容:外部電磁場による思考パターンの影響。脳波信号を解析して四肢運動出力にするブレインインターフェイスは、セミ理論で提案されているのと同じ情報ループを使う。
〇まだ検証されていない内容:外部電磁場による特定の反応の抑制。無線周波数やマイクロ波がイベント関連電位(ERP)に関連する情動反応を強化・抑制すると予測。
〇人工意識の工学:伝統的なコンピュータが計算速度に関わらず意識的な心を見せていないことの説明。物質だけで計算するコンピュータには意識は現れない。現在の計算技術の発展からは、この予測は10年以内に検証されるだろう。
〇電磁場に敏感なコンピュータを作ることで人工意識を作ることができる:サセックス大学のSchool of Cognitive & Computing Sciences (COGS)グループによって行われた実験(McFadden 2002a) (Thompson et al. 1996; Davidson 1997)において、電磁場の相互作用を介して計算する電子回路が進化したようだ。この実験では、二つの音を区別するおもちゃを作るために、人為的選択を用いてシリコンチップを進化させた。その進化の中で、シリコンチップは外部のラジオの電場を利用するようになった。これと同じようなことが自然進化のなかでも起こったのではないか?
【意識の物理学】
〇物理学的考察:物質にエンコードされた情報は、常に分子内に局在しているが、電磁場の粒子である光子は質量ゼロなので、波は無限に伸びる。脳の電磁場は、意識的に統合された情報のための唯一の実現可能な物理的基質である。意識とは、物理的に統合された情報が、その情報をエンコードする光子のフレームから、どのように感じられるかということである。
【議論と結論】
○ネーゲルは「コウモリであるということはどのようなことか」と質問したが、セミ場理論の観点からは、「神経細胞膜の振動電子からの入力と、神経細胞膜の振動電子への入力を持つ電磁場であるということはどのようなことか?」という文章に直すことができる。電磁場であるということを想像しなければ、意識の本質はつかめない。
○脳内では、何兆個もの光子のライトコーンが完全に重なっている。脳内の荷電粒子は、場全体のいずれかの光子の情報の潜在的受信者となっている。場のそれぞれの点は、場の各点に瞬間的に存在する物理的に符号化された情報の積分(何兆ビットもの)を表象している。意識的なクオリアは、セミ場内でのモデル形成により、複数の並行的な情報流を統合した状態である。
○セミ場理論は、チャルマーズの「情報のダブル・アスペクト」の原理(情報には物理的な側面と現象的な側面がある)を採用している。神経のグルタミン酸分子は結合エネルギーや角度などの情報をエンコードしているが、それらは外在的ではない。一方で、波動レベルでは、場として情報が統合されており、それらは外在的情報をエンコードすることができる。電磁場情報は、ダブル・アスペクト原理に従い、意識の基盤にふさわしい情報となる。「意識は、外界の対象を十分に複雑な場によって統合して符号化して表象しているシステムの性質」となる。
【感想】
「意識の現象的性質」を前提にしてそれを実現する物理的基盤を探すという研究アプローチ(チャルマーズ的?)
「意識の物理的基盤は脳内電磁場だ」という単純明快なワンアイディアを使って難問をバッタバッタと倒していくのは面白かった。
この論文での「統合された情報」は統合情報理論での「統合」とはちょいと意味が変わっていてややこしい。
覚えている限りでは、SFではソウヤーの『ネアンデルタール・パララックス』シリーズで、意識が電磁場であるという理論が使われてたっけ。
セミ場理論は色々技術的応用ができそう。マインドアップロードの方法とか、一旦、一つのセミ場としてコンピュータと合体してから分離するとか考えられる。異なる個人間でのセミ場合体とかもできそう。
「ニューロンの発火同期(とその結果である脳波)」がなぜこんなに重要な役割を持っているか、という問題は興味深い。今までのSFであまり扱われていない着眼的かもしれない。
「アイディアの新規さ」という点では、実際のサイエンス研究の方がSFよりも大きく先行していることを実感した。この状況でSFを書くのはいくらか方向がある。たとえば、サイエンス研究の結果を文学的アナロジーとして書くとか、基礎研究が技術として広まった世界を書くとか、あるいは、サイエンス研究者が知らないであろう全く別の分野と接続してもっと突拍子もないアイディアにするか。
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