見出し画像

文献紹介『第三種接近遭遇』

文献紹介

J・アレン・ハイネック著
南山宏訳
『第三種接近遭遇』
角川春樹事務所ボーダーランド文庫、1997年、357頁、本体価格580円
(ISBN4-89456-326-6)


 本書『第三種接近遭遇』は、Josef Allen Hynek. The UFO Experience: A Scientific Inquiry(1972)の邦訳で、ボーダーランド文庫の第9巻である。
 ボーダーランド文庫とは、1997年6月から1年間にわたって角川春樹事務所が展開した、オカルトや超常現象に関する文庫本のシリーズで、英国の著述家ジェームス・チャーチワード(1851-1936)の『失われたムー大陸 第一文書』(小泉源太郎訳)を皮切りに全28巻が世に出たが、その多くは過去に大陸書房から出版された訳書の新版だった。
 そして本書も例に漏れず、1978年に大陸書房から『UFOとの遭遇』の題名で刊行されたものの新版である。ただし原著の巻末に資料として収録されていた論文などについては、旧版と新版共に割愛された。構成は以下のようになっている。

◎口絵(※原著にはなく、ボーダーランド文庫のみ)
◎序言
◎プロローグ
◎第一部 UFO現象
 ● はじめに UFOランドの無邪気な住人
 ● 第一章 科学の嘲笑
 ● 第二章 UFOの体験
 ● 第三章 UFOの報告
 ● 第四章 UFO報告の奇妙度
◎第二部 データと諸問題
 ● はじめに 原型の追求
 ● 第五章 夜間発光体
 ● UFO写真(※目次には書かれていない)
 ● 第六章 日中円盤体
 ● 第七章 レーダー=目視同時報告
 ● 第八章 第一種接近遭遇
 ● 第九章 第二種接近遭遇
 ● 第十章 第三種接近遭遇
◎第三部 将来への展望
 ● はじめに 見えない大学
 ● 第十一章 空軍とUFO――〈ブルーブックの記録〉
 ● 第十二章 科学者の非科学
 ● 第十三章 われらが眼前の問題
◎エピローグ 〈ブルーブック〉の地平を越えて
◎解説(高梨純一)

 原著のタイトルからもお分かりのように、本書のテーマとなっているのは未確認飛行物体ことUFOである。
 世の中にはUFOを扱った本がたくさんあるが、残念ながらその大部分は、UFO事件を信頼性に関係なくただ寄せ集めただけのもの、妄想と見分けのつかない陰謀論、荒唐無稽な異星人会見譚などが占めている。
 しかし本書は違う。UFOを定義し、UFO目撃報告の評価法を提案し、さらには目撃報告を分類してその代表的な事例を紹介し、UFOの研究の重要性を力説し……と実に学術的な形式で書かれており、まさに「UFO学概論」といった内容になっているのである。
 それもそのはず、著者のジョーゼフ・アレン・ハイネック博士(1910-1986)は、オハイオ州立大学教授やスミソニアン天体物理観測所副所長、ノースウェスタン大学天文学部長などを歴任した正統派の天文学者なのだ(その詳しい経歴については、ウィキペディア日本語版の「ジョーゼフ・アレン・ハイネック」の項目をご参照願いたい)。
 そんなハイネック博士がUFO問題に関わるようになったのは、オハイオ州立大学の准教授だった1948年、米空軍の空飛ぶ円盤調査研究機関プロジェクト・サインの顧問に就任したことがきっかけであった。しかしこの時点ではUFO問題を「ナンセンス」なものだと考えていて、顧問の仕事も「遊び半分の気持」で引き受けたという。
 だが1952年、米空軍が新たに編成したUFO調査研究機関プロジェクト・ブルーブックの顧問となり、寄せられた数多くのUFO事例を評価するうちに、わずかながら不可解なものが含まれていたことから徐々に考え方を変え、1969年にブルーブックが閉鎖された後もUFOの研究を継続。1973年にはUFO研究団体であるCenter for UFO Studies(CUFOS)を設立し、「UFO学のガリレオ」の異名を取るまでになったのである。
 原著はハイネック博士にとって最初のUFO研究書だが、発売されるや米国で大ベストセラーとなり、日本語やフランス語にも翻訳され、世界中のUFO研究者たちに多大な影響を与えることとなった。また米国の映画監督スティーヴン・アラン・スピルバーグ(1946- )が、映画『未知との遭遇』(1977)の脚本を書く際の参考文献としたことでも有名である(※1)。結果的にスピルバーグは博士を同作のスーパーバイザーとして招き、カメオ出演までさせている。
 さらに『第三種接近遭遇』の魅力はそれだけではない。
 本書の翻訳を担当した超常現象研究家で翻訳家の南山宏氏(1936- )は、その超常現象やSFへの深い知識に裏打ちされた正確な訳文で、多くの超常現象ファンから厚い信頼を寄せられている人である。作家で科学解説家の志水一夫氏(1954-2009)も生前「UFO関係の翻訳者として同氏に匹敵する人は、現在のところ他にいない」と絶賛していた。その腕前は本書の仕事でもいかんなく発揮されており、専門的な内容であるにもかかわらず読みにくさを感じないのは、南山氏の力によるところも大きい。
 そして巻末の解説だが、こちらはUFO研究家で日本UFO科学協会の会長でもあった高梨純一氏(1923-1997)が担当している。高梨氏は1947年のアーノルド事件をきっかけに空飛ぶ円盤の資料収集を始めたというベテランの研究者で、UFOの正体は異星人の宇宙船であるとする地球外仮説の支持者であり、インチキなUFO事件や情報に対して非常に厳しい態度を取っていた。また世界最大のUFO研究団体として知られるMutual UFO Network(MUFON)の日本総代表を務めていたことから、その活動は国際的にも知られており、逝去時には米国の航空宇宙ジャーナリストでUFO否定論者のフィリップ・J・クラス(1919-2005)が、自身の発行する個人誌SKEPTICS UFO NEWSLETTERの中で追悼したほどである。
 ただ2023年現在、原著刊行から50年以上が、そして本書の刊行からでも26年が経過しようとしているわけで、ハイネック博士が『第三種接近遭遇』の中で取り上げたUFO事件の中には、その後の調査により信憑性が低くなったものもあるということを付け加えておかなければ公平ではないだろう。特に第十章で言及されているソコーロ(ソコロ)事件やケリー=ホプキンズヴィル事件については、『新・トンデモ超常現象60の真相』(彩図社、2013)および『UFO事件クロニクル』(彩図社、2017)に批判的情報が掲載されているので、是非ともご参照いただきたい。
 しかし一方で、ここがUFO研究という分野の難しいところなのだが、一部の研究者の間では解明済みだとされていた事例が、後になって実はまだ議論の余地があったと判明することもある。
 本書のUFO写真コーナーならびに第六章で言及されている、1967年にカナダのアルバータ州カルガリーでウォーレン・スミスらが2枚の連続UFO写真を撮影したという事例は、ハイネック博士によって徹底的に調査された結果、目撃証言には特に問題がなく、写真からもトリックの痕跡などは発見されなかったため信頼性が高いとされた。
 ところが後にこの2枚の写真がコンピュータ分析にかけられた結果、1枚目の写真からはトリックの痕跡が見つからなかったものの、2枚目からはトリックの痕跡が発見されてしまったのである。
 ハイネック博士は騙されたのであろうか? いや、事はそれほど簡単ではない。
 スミスらが撮影した2枚のUFO写真が、初めてコンピュータで分析されたのは1976年のことである。分析を担当したのは米国のUFO研究団体Ground Saucer Watch(GSW。財政難のため現在は活動停止)で、その時は2枚の写真共にトリックではないと判定された。だが1977年、CUFOSが連続写真のカラーバージョンを所有していることが判明し、そちらも早速GSWのコンピュータ分析にかけられた。すると2枚目の写真からトリックの痕跡が見つかったのである。
 ではなぜ鑑定結果にこのような矛盾が生じてしまったのであろうか。それはカラー版写真の2枚目を複写する段階でミスがあり、像がぼやけてしまったためであるという。
 この事例は私たちにUFO写真の真偽を鑑定することの難しさを教えてくれる。ましてやコンピュータの性能が進歩し、精度の高いインチキUFO写真が作りやすくなってしまった現在ではなおさらである。
 ハイネック博士は本書を「UFOに関する良書」になるようにとの思いで執筆したというが、前述のような問題点はあるにしろ、その意図は達成できていると筆者は思う。作家の瀬名秀明氏(1968- )の言葉を借りれば、本書は「数あるUFO本の中でも屈指の名作であり」UFOに興味関心がある人は「決して見逃してはならない」のである。
 ハイネック博士がこの世を去って実に40年以上の歳月が流れた。だが2017年には米国の脚本家でUFO研究家のマーク・オコネルによって博士の伝記が書かれ、2019年には米国の映画監督ロバート・リー・ゼメキス(1952- )製作総指揮による、若き日のハイネック博士が主人公のドラマ『プロジェクト・ブルーブック』が放映されて高視聴率を記録するなど、いまだにそのカリスマは健在だ。
 ハイネック博士に対する評価はさまざまだが、筆者は英国の超常現象研究家ピーター・ブルックスミスによるものが最も的確だと思うので、最後に引用する。

J・アレン・ハイネック博士は、だれもが認めるUFO研究のリーダーとなった。礼儀正しく、思いやりにあふれ、思慮深い博士は、人を信じやすいがために、ときとして騙されたことも事実である。だが、つづく十五年間にわたり、ハイネック博士はUFO研究の寛容と自制のシンボルであった。

『政府ファイルUFO全事件』(大倉順二訳、並木書房、1998)106頁


※1:映画『未知との遭遇』(1977)の~
 同作の原題であるClose Encounters of the Third Kindも、ハイネック博士が考案した用語であった。これはUFO目撃報告の中でも、UFOと観測者との距離が約150メートル以内で、さらにはその内部ないし周辺に搭乗者らしき存在が確認された事例を指す。ちなみに日本語では「第三種接近遭遇」と訳されている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?