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文献紹介『サイの戦場』

文献紹介

笠原敏雄編
『サイの戦場』
平凡社、1987年、668頁、本体価格3800円
(ISBN4-582-74601-2)


 本書『サイの戦場』は超心理学の論文集である。
 タイトルにある「サイ」とは超感覚的知覚(ESP。テレパシー、透視、予知)と念力(PK)の総称で、英語では「Psi」と表記する。つまりは「超能力」の学術的な言い方である。
 当ブログでは以前、I・グラッタン=ギネス編の『心霊研究 その歴史・原理・実践』(技術出版、1995)を紹介したことがあったが、その監訳者である笠原敏雄氏によって本書は編纂された。
 構成と各論文の執筆者は以下の通り。

◎序文(J・アイゼンバッド)
◎序論(笠原敏雄)
◎謝辞
◎第Ⅰ部 的を外れた批判
 ● 第一章 科学と超自然現象(G・R・プライス)
 ● 第二章 心霊研究における統計的優位性の問題(G・スペンサー=ブラウン)
 ● 第三章 ESPと超心理学(C・E・M・ハンセル)
 ● 第四章 超常現象の科学的説明は可能か(J・G・テイラー+E・パラノフスキー)
 ● 第五章 超常現象を検討する(D・F・マークス)
 ● 補章Ⅰ 超心理学ないし超自然現象に対する日本国内の批判(笠原敏雄編)
◎第Ⅱ部 超心理学者の反論
 ● 第六章 「科学と超自然現象」について(J・B・ライン)
 ● 第七章 マークス論文に対する反論(R・L・モリス)
 ● 第八章 「どこかにまちがいがある!」(C・ホノートン)
 ● 第九章 五感を超えて(C・ホノートン)
 ● 第一〇章 J・ランディ著『あなたに隠されたESP能力をテストしよう』書評(K・ラマクリシュナ・ラオ)
 ● 第一一章 心理学と特異現象(I・L・チャイルド)
 ● 補章Ⅱ 奇術師と超心理学(W・E・コックス)
◎第Ⅲ部 誌上討論
 ● 第一二章 不合理な合理主義者(T・ロックウェル他)
 ● 第一三章 『ヒューマニスト』誌の反超心理学キャンペーン(P・カーツ他)
 ● 第一四章 ディアコニス=ケリー論争⑴(P・ディアコニス他)
 ● 第一五章 ディアコニス=ケリー論争⑵(E・ケリー他)
 ● 第一六章 ディアコニス=ケリー論争⑶(E・ケリー他)
◎第Ⅳ部 正統性の守護神
 ● 第一七章 アメリカ科学における異教と放逐(T・ロックウェル)
 ● 第一八章 エセ科学かエセ批判か(T・ロックウェル)
◎第Ⅴ部 否定的態度に関する仮説
 ● 第一九章 超常現象の非受容に関する心理学的仮説(L・ルシャン)
 ● 第二〇章 サイに関する論争(C・T・タート)
 ● 補章Ⅲ 超心理学者に見られるサイに対する抵抗(K・ハラリー)
◎第Ⅵ部 超心理学に対する科学者の意見に関する調査
 ● 第二一章 心理学者は超心理学をどう見ているか(大谷宗司+恩田彰)
 ● 第二二章 ESPおよび超心理学に対するエリート科学者の態度(J・マックレノン)
◎第Ⅶ部 正統な批判
 ● 第二三章 心霊現象の存在にまつわる疑念が依然として続いている理由について(D・J・ウェスト)
 ● 第二四章 信念と疑念(J・ベロフ)
 ● 第二五章 信者と懐疑論者(S・H・マウスコップ)
 ● 補章Ⅳ 第一回心霊研究協会会長講演(H・シジウィック)
◎第Ⅷ部 結論
 ● 結論(笠原敏雄)
◎原註
◎付録Ⅰ 超心理学の歴史
◎付録Ⅱ 参考文献
◎執筆者紹介
◎用語集
◎文献
◎謝辞

『心霊研究 その歴史・原理・実践』は、書き下ろしの論考を集めた超心理学の入門書であったが、こちらは学術雑誌などに掲載された超心理学者たちの論文を、サイの実在に対するスタンスを問わず多数収録した論文集である。つまりは超能力や心霊現象の存在を信じない否定論者の論文も収められており、超心理学論争というのはどのようになされるのかが提示されている。
 ただ断っておきたいのは、本書が単純に肯定派と否定派の主張を両論併記したものではないということだ。おそらく超能力否定派は読み終わった後に激しい怒りと反感を覚えるだろう。というのも、否定派たちの超心理学批判がいかに不適切でずさんなものであるかを明らかにしているからだ。
 特に舌鋒鋭いのは米国の原子力技術者でParapsychological Association(PA、※1)の会員だったセオドア・ロックウェル(1923-2013)で、否定論者たちによる発言の問題点や矛盾点を具体的に指摘し、合理主義者たちはその姿勢を貫くことができていないのではないかと疑問を投げかけている。
 しかし本書の「偏り」は決して編者の責任によるものではない。例えば第Ⅰ部に収録の論文だが、その内なんと4編があのScience誌またはNature誌に掲載されたものであった。世界的に有名な査読付き科学雑誌ですら、超心理学への反論であれば「的を外れた批判」でも掲載してしまう。編者および超心理学者たちの怒りの背景にあるのは、そういった現実だ。
 個人的な話で恐縮だが、実は筆者も超能力否定論者には過去に何度か困惑させられてきた。ある超能力否定論者に「Parapsychological Associationは、アメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science : AAAS、※2)に加盟を認められていますよ」と指摘したところ、「アメリカ科学振興協会? そんな団体は聞いたことがないです。胡散臭いですね」などと返されたこともある。
 また超心理学のガンツフェルト実験(※3)の再現性に疑問を投げかけた論文を紹介したところ、超心理学擁護の論文だと勘違いしてケチをつけてきた者もいた。
 極めつけは日本の超常現象否定論者御用達のサイトSkeptic's Wikiである。このサイトに前述のガンツフェルト実験についてのページがあるのだが、過去、ある超心理学者らの論文について「タイトルは『ガンツフェルト・データベースの更新:自身の成功の犠牲者か?』といったものであり、作者らもそんなに自信がないのか『?』マークがついている」などと書いていたのである(2023年現在は削除)。
 学術論文の題名についた「?」を、論文執筆者らの自信のなさの表れと取る主張は初めて見たので、某大学のI先生に報告してご意見を伺った。すると「論文のタイトルに?がついていたら、それは著者らの表明したいレトリックが込められている見るべきで、その意味がくみ取れない場合は論文を読めていないと思うべきだ」というようなお返事をいただいた。当然である。
 筆者がこれまで出会った否定派は、ことごとく無知を武器にする者ばかりであった。「超能力が存在する証拠を見せろ!」と威勢はいいが、超心理学者が超能力実在の証拠として提出してくるデータをまともに評価できそうにない輩ばかりだったのである。
 しかし、だからといって超心理学への批判がことごとく駄目かというと決してそうではない。不当な批判が「多い」ということと「全て」ということの間には溝がある。だが科学界が人間によって営まれる以上、自称合理主義者たちによる非合理な超心理学、いや超常現象批判はこれからも続くであろう。
 そして本書が日本の超心理学徒必読の書として輝き続けることも確かである。
 では最後に本書の編者について紹介しておこう。
 笠原敏雄氏は1947年生まれの心理療法家。1970年に早稲田大学を卒業後、東京都や北海道の病院で心理療法に従事する。1974年、超能力者のユリ・ゲラー(1946- )来日を機に超心理学に興味を持つようになり、1996年には東京都品川区に心の研究室を開設。心理療法を行なう傍ら、本の執筆や編纂、海外の文献の翻訳に取り組む。著書、編著書多数。
 笠原氏の主張や研究姿勢などには批判もあるが、日本の超心理学への貢献は計り知れない。特に本書は労作中の労作である。敬意を表したい。


※1:Parapsychological Association(PA)
 1957年、米国で設立された超心理学の研究団体。1969年にアメリカ科学振興協会へ加盟した。

※2:アメリカ科学振興協会(American Association for the Advancement of Science : AAAS)
 1848年に米国で設立された学術団体。その規模は世界でも最大級であり、前述のScience誌の発行元でもある。

※3:ガンツフェルト実験
 被験者の視覚と聴覚をほぼ遮断し、意識の状態を変成させた状態で実施する実験。米国の超心理学者チャールズ・ヘンリー・ホノートン(1946-1992)が超能力実験に導入した。再現性が高いとされ、しばしば議論の対象になっている。

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