見出し画像

ニケ… 翼ある少女:第32話「浮上した『クラーケン』、SLBMの目標は首相官邸⁉」

「現在『クラーケン』の深度、水深100m。これより当艦のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル:Submarine-Launched Ballistic Missile)発射深度の水深30mまで浮上する。メインタンクブロー!」

「アイ、サー! メインタンクブロー、『クラーケン』水深30mまで浮上させます!」

 シルバーウッド少佐の号令に復唱の声が響き、原潜クルー全員が自分の持ち場において黙々と行動を開始した。北条 智ほうじょう さとるはこの光景をニヤニヤ笑いながら見つめ、満足そうにうなずいた。

 ゆっくりと浮上していく『クラーケン』の浮上感が北条を含めた乗組員全員の身体に感じられる。

「副長…補佐、水深30mに達しました。浮上を停止し『クラーケン』の深度を固定しました!」
クルーがシルバーウッド少佐に報告した。

「よろしい、このままの深度で『クラーケン』を待機させよ。」

 部下に命令を下した後、シルバーウッド少佐は恐る恐る北条 智ほうじょう さとるの顔を見ながら上申じょうしんした。
「北条…艦長、『クラーケン』をSLBM発射可能深度にて位置を固定しました。」

北条は笑顔でシルバーウッド少佐を見つめて答える
「大変結構だ。それでは私と君とでSLBMの発射準備に入ろう。さあ、始めようか。」

 シルバーウッド少佐は精神の安定を欠いた者を見る目で北条を見つめながら、恐々こわごわたずねる。
「艦長… いったい目標は、どこに…?」

北条は一瞬考えるそぶりを見せてから、シルバーウッド少佐に答えた。
「そうだな… 分かりやすい目標を選ぼうか… よし、決めた。目標は日本国首相官邸としよう!」

「……」
 シルバーウッド少佐は自分で聞いた質問の答えを聞かなかったことにしたかった。
 しかし、艦長である北条に対して曖昧あいまいな態度を示しているシルバーウッド少佐に対して、北条が怒鳴り声を発した。
「シルバーウッド副長補佐! 復唱ふくしょうはどうしたっ!」

 怒鳴りつけられたシルバーウッド少佐はちじみあがりながら北条に対して復唱ふくしょうした。
「はっ! 艦長、目標の座標を日本国首相官邸として設定し、これよりSLBMの発射準備に入ります!」

「そう、それでいいんだ… 君は優秀な軍人なのだから、黙って上官の命令に従っておればよろしい。それが良い軍人というものだ。
 悪い軍人は容赦なく粛清しゅくせいするのでそのつもりでいたまえ。他の者も聞いておけ!」
拳銃を見えるように持ち上げながら、誰にともなく北条が大声で言った。

       ********************

バラバラバラバラバラ…

 くみを海面に投下し上空でホバリングしている『オオミズナギドリ1号』では鳳 成治おおとり せいじ安倍賢生あべのけんせいが、腕時計と眼下に広がるヘリのローター回転で起こされる風によって荒れる海原うなばらを交互に見つめていた。

「くみを下ろしてから、どれくらいったんじゃ?」
 いらいらしながら賢生けんせいがヘリのローターに負けないように大声で叫ぶ。
 実際にはマイク付きの ヘッドフォンを耳に当てているので大声を出す必要は無いのだが、ヘリに乗り慣れない賢生けんせいはつい大声になりがちだ。

「親父、大声を出さなくても会話は出来るから… 」
 そう言って自分のヘッドフォンを指で叩きながら言った成治せいじは、腕時計を見て賢生けんせいに答える。

「間もなく30分が経過するな… 時刻では19時40分になったところだ。遅いな、北条の奴… 何を考えているんだ。あれから何も言ってこないが…」

 二人は同時にヘリのローター風で荒れる真下の海面をただよっているくみを見下ろして顔を見合わせた。

 同じくヘリの真下の海面ではくみが海面にちゃぷちゃぷとただよいながら、一人つぶやいていた。

「もう… まだなの…? 寒いんだからね。髪の毛まで全部れちゃったし… 早く何か言ってきなさいよ… もう!」 

 実際には疲れなど感じてはいないのだが、ただ何も出来ずにじっとこのまま海面に漂って待っているのが、くみにとってはつらかったのだ。

「ん?」

くみは海中に異変を感じ取った。何かが海中を上がってくる。

「何かが上がってくるわ… 何か嫌な感じがする… 何か禍々まがまがしくて不快な感じの… とても気持ちが悪い何か…」

 くみは身構えて海面から海中をかし見た。ニケの目は人のそれよりも夜目よめき、暗い海中における魚のれなども見分けることが出来た。何かがたくさんの気泡きほうを吐き出しながら、ゆっくりと浮上してきた。

「クジラ…? 違うわ… あれは機械… 潜水艦…だわ! あれがテロリスト達の原子力潜水艦!」

 くみは成治せいじ賢生けんせいの乗る頭上のヘリに向かって、大きく手を振った。

『こっちに気が付いて… 成治せいじ叔父おじさん、お祖父じいちゃん…』

頭上ではヘリの操縦士から成治せいじに報告がされていた。
おおとり司令官殿、海上保安庁巡視艇から連絡がありました。当機から10時の方向に海中から潜水艦が浮上しているとの事です。無音航行…相手は原子力潜水艦の様だと言ってきました!」

報告を聞いた鳳 成治おおとり せいじ賢生けんせいに向かって言った。

「親父、ついにテロリストどもが…ヤツが来た! 北条 智ほうじょう さとるが!」

また操縦士からの報告である。
おおとり司令、引き続き巡視艇より報告です。原子力潜水艦は海中30mの深度で停止したとの事です。そして…この深度は… 」

「どうした? 巡視艇からは何と言ってきたんだ?」

「はっ! 巡視艇の艇長はこの深度はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射海中深度ではないかと言ってきています。」

「なんだと! くそ、どういうことだ…? こちらは要求通りにくみちゃんを…ニケを海上に下ろしたじゃないか。
 ニケを収容するつもりなら海上まで浮上してくるはず… 北条はいったい何を考えているんだ…?」

 成治せいじは実の父である賢生けんせいに向かって、自分自身にも問いかけるようにつぶやいた。

 賢生けんせいは答えるべき言葉が見つからないと言った態度で、息子である成治せいじに向かってゆっくりと首を横に振っていた。

       ******************** 

       

クラーケンの艦内では、悪魔の所業を行うための手順は全て終了していた。

 さおな顔をして、今にも気を失いそうにふらつきながらシルバーウッド少佐が北条 智ほうじょう さとる上申じょうしんした。
「北条艦長、これでSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射手順は全て終了しました。後は艦長が発射スィッチを押すだけで、目標に座標を設定された日本国首相官邸に向けSLBMは発射されます…」

「ご苦労… シルバーウッド副長補佐。」

 目の前の威圧感を示す北条に対して、ふるえながらもシルバーウッド少佐は勇気を振り絞って話しかけた。
「しかし、艦長… 本当によろしいのですか?
 私は政治的な事はわかりませんが、この一発の戦略的核ミサイルであるSLBMで東京は壊滅的な被害をこうむり、日本の国家としての機能はほとんどを失ってしまうはずです… 日本人である北条艦長が本気でそんな事を…」

この質問に北条 智ほうじょう さとるが真剣な顔をして答えた。
「確かに君が言うように私は日本人だ… だが頭に『元』が付くがな。
私は日本などとうに捨て去ったのだ。今では愛着も未練も特に感じないね。
 君の質問に対する私の答えは以上だ。私に対してそれ以上の時間の無駄遣いをさせるようならば、君にも前艦長であるウエストランド大佐のようになってもらわないといかなくなるが… 構わないのかね?」

 シルバーウッド少佐に対して話す北条の態度は、その話す恐ろしい内容とは異なって顔つきも話す口調もとてもおだやかで優しかった。
 まるで愛する息子にでも話しかけるような調子だった。しかし、彼の右手には拳銃がしっかりと握られたままだった。

「君をそんな目には合わせたくないんだ。君はこのクラーケンを動かす上でなくてはならない人物だからね。
 だが、どうしても私に従えないと言うのならば腕か脚の一本は覚悟してもらわなくてはならないな。
 そこにいるチャーリー萩原はぎわらはそういうのが得意らしいんだ。彼は怖いよ…そういう事を楽しそうにやるからね。どうやら趣味らしいね…」

 そう言われたシルバーウッド少佐は、恐ろしい物でも見る様に北条の後ろにひかえたチャーリー萩原はぎわらの姿を見た。

 チャーリー萩原はぎわらはニヤニヤと笑いながら舌なめずりをしている。彼の右手には手術用のメスの様な鋭さをうかがわせる細身のナイフが握られていた。
 その刃の表面には血が付着しているようだった。どうやら、前艦長だったウエストランド大佐に対して使用したらしかった。そのナイフをシルバーウッド少佐に見えやすいように、目の前でひらひらと動かしていた。

 シルバーウッド少佐は、恐ろしいチャーリー萩原はぎわらから目をそらして北条 智ほうじょう さとるに向き直り、|踵かかとを打ち鳴らし最敬礼をして言った。
「し、失礼致しました、艦長! 自分は出すぎた意見を申し上げてしまったようです。どうぞお許しください!」

「いや、構わんよ… シルバーウッド少佐。君の具申ぐしん拝聴はいちょうするにあたいする意見だった。しかし、今からは私の行動を黙って見ていてくれたまえ。」

「アイ、アイ、サー!」

 そして、SLBMの発射スィッチの前に立った北条は、もう一度シルバーウッド少佐に対して言った。
「あの上空を飛んでいるヘリの搭乗員と通信することは可能かね?こちらの無線の周波数を相手に知らせることは出来るだろうか?」

シルバーウッド少佐はすぐさま北条に対し返答をする。

「はっ、私に考えがあります。例のステルスドローンをヘリの操縦席前で空中停止ホバリングさせて発光モールス信号で操縦士に伝えましょう。これならば確実に可能であります、艦長。」

 北条 智ほうじょう さとるとチャーリー萩原はぎわらは同時に口笛を吹いてシルバーウッド少佐を見直した。北条は小さな拍手までしながらシルバーウッド少佐に言った。

「素晴らしいな、君は…シルバーウッド少佐。
では、早速さっそくやってくれたまえ。」

「はっ!すぐさまかからせます。」
 もうシルバーウッド少佐が北条 智ほうじょう さとるに対して意見を言うことは無かった。ただ唯々諾々いいだくだくと北条の命令に従うのみだった。

数分後…

「艦長!向こうのヘリとの通信がつながりました。どうぞ、お話しください!」

「ご苦労。こちらは『underworldアンダーワールド』のリーダーだ。
 そちらの海上保安庁のヘリに乗っているのはそれなりの地位にある人物と推測するが、私の話を聞く用意はあるかね?」

 北条の問いかけに対して相手の答える声が、スピーカーを通して発令所中に響き渡る。
「聞こえているよ…北条 智ほうじょう さとる。まさか、お前がこの声を忘れはしないだろう?
私だ、鳳 成治おおとり せいじだ。」

北条は右のまゆをピクリと動かして返答する。
「なるほど、貴様か… 鳳 成治おおとり せいじ
 今じゃ貴様が内閣情報調査室の特務零課とくむぜろか課長と言う訳か…出世したな。
 その声の調子では、何もかもお見通しという態度のようだな。
 ならば、テロリスト『underworldアンダーワールド』などという茶番はこれで終わりだ。
 その通り、貴様の元上司で前特務零課とくむぜろか課長だった北条 智ほうじょう さとるだよ…久しぶりだな。
また貴様と話が出来て、私は本当にうれしいよ。」

世辞せじはいい。北条、貴様の要求通り榊原さかきばらくみは海上に浮かんでいる。なぜ早く収容しないんだ? 
 それが貴様の最も望んでいた事だろう? そんな中途半端な深度で停止しているのは何故なぜなんだ?」
成治せいじは最も気になっている疑問を、北条に対してぶつけた。

「ふ… 相変わらず熱いな、おおとり。この海中深度が何を意味するのか貴様なら、とっくに分かっているはずだぞ。
 では、私の口から言ってやろうか。この艦のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射可能深度だ。つまり、私はSLBMをいつでも発射出来る位置に着いたという事になる。
 日本政府への勧告かんこく通りに戦略核弾頭を搭載とうさいしたSLBM発射準備はすでに完了している。後は私がスィッチを押すだけだよ、おおとり。」

「待て北条 智ほうじょう さとる、貴様の事だから嘘や冗談を言わない事は私が一番よく分かっている。貴様が核ミサイルについてそう言うのならば、私は一切いっさい疑うつもりはない。
 だが、海上にいるニケがお前の欲しかったモノだろう。日本政府の回答はこれで分かったはずだ。
ニケを回収して立ち去る気はないのか、北条…?」

北条は目をつむりながら話をしている。そして…
おおとりよ、もちろんニケは私が頂戴ちょうだいするがね。少し気が変わったんだ。
 東京を私のこの指一本で破壊して見たくなったんだよ。理由なんて聞くなよ… 思い付きだからね。
 ただそうしたくなった、これが答えだ。お前のことだから、そんな答えじゃ納得しないだろうが… 事実なんだから仕方が無いな。

 おおとりよ、一つだけはっきりと言える事はSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を東京に向けて発射すると決断した瞬間から、私はすごく気分が良くなったんだよ。
 自分でも分からないんだが、なんだかこう…私はこのために生きてきたんだっていうような使命感みたいなものかな…まあ口で言っても理解してもらえないだろうがな。

 だから、私は発射スィッチを押すことをためらいはしないぞ。無二の親友だったお前が何を言おうともな。
 ちなみに一つだけ言っておくと、SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の目標は日本国首相官邸に決めた。おそらく現在は私の核テロへの対策本部がそこに置かれているんだろうな、図星だろ?」

 そこまで話した北条 智ほうじょう さとるは、今度は鳳 成治おおとり せいじにしゃべらせるために、いったん自分の話を中断した。

 鳳 成治おおとり せいじは北条が話し終わるのを待っていたように、自分からも話し出した。
「北条…先輩、あなたは私のあこがれれだった。いつも、あなたに追いつき追い越そうと努力したよ…
 だが、あなたは私の追いかけられない所へ行ってしまった… もうあなたをあこがれれる事は無い。
あなたは…いや、貴様は私の憎むべき敵だ!」

「よく言った、鳳 成治おおとり せいじ
そして… さらばだ、東京CITY!」
 北条 智ほうじょう さとるが自分自身で発した大声での宣言と共に、右手の人差し指でSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)発射スィッチを力一杯押し込んだ。

 SLBMを格納していたサイロの高い水圧に耐えるミサイルハッチが海中で開かれた。ゴボゴボッと大量の泡が海上へと上っていく。

 そして、原子炉で発生する高圧水蒸気で海面まで射出されたSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)は、自身を包み込む薄いアルミニウム製の防水隔壁を突き破り、おびただしい水しぶきを激しく吹き出しつつ海面から空中へと飛び出した瞬間に固体ロケットモータに点火した。

 点火されたSLBMは黄色く輝くロケット噴射ふんしゃと煙を真下へと激しく吹き出し爆発の様な水しぶきをあげつつ、周囲を真昼のような明るさに照らし続けながら上空へと飛び立った。
目標である東京都千代田区永田町の内閣総理大臣官邸目指して…

「やりやがった… 北条の奴…」

 激しいロケット噴射ふんしゃを吹き出して上空へと飛び立つSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)を見上げながら、鳳 成治おおとり せいじは吐き捨てるようにつぶやいた。
そして、ヘリの真下に浮かぶ榊原さかきばらくみを見下ろして大声で叫んだ。

「くみちゃーんっ! アレを追ってくれー! あいつを止めるんだあっ!
これはニケにしか出来ない、東京を救ってくれっー!」

 同じく原潜から発射されたSLBMを海面をただよいながら見上げていたくみは、成治せいじの叫び声を聞くまでもなく頭に付けていたカチューシャを銀色の仮面に変形させて顔に装着し、背中の銀色の翼を大きく広げてニケへと姿を変え上空へと舞い上がっていた。

「まぶしい… あの輝きはとても禍々まがまがしい感じがする… 私が止めなきゃ…」

 成治せいじ賢生けんせいの乗る『オオミズナギドリ1号』の高さに並んだニケは二人に対して大きくうなずいて見せると、SLBMの飛び去った方角を目指して猛烈なスピードで飛び立ち、瞬時に超音速加速に入って飛翔しSLBMの追撃を開始した。



**************************

『次回予告』
ついに狂気の北条 智ほうじょう さとるによって東京に向け発射されたSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)。
ニケはSLBMを追って超音速で飛び立った。
ニケ、お前だけが頼みだ… 東京を救ってくれ!

次回ニケ 第33話「SLBM追撃! 極超音速を越えて青白き流星になれ!」
に、ご期待下さい。

もしよろしければ、サポートをよろしくお願いいたします。 あなたのサポートをいただければ、私は経済的及び意欲的にもご期待に応えるべく、たくさんの面白い記事を書くことが可能となります。