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【小説】 僕と悪魔と彼女… : 第7話「復活の黒き翼… 大空中決戦開始!」

落下していく…

僕はこれで死ぬんだな…
 お父さんにお母さん、親不孝でごめんよ…

 そして、大場エリカさん… 好きだったんだ…
 ザミエル… 右目と両腕を僕にくれてありがとう…

 僕は落下と共に近づいて来る眼下に美しく広がる夜景を、死ぬ前の最後の光景として目に焼き付けようと思った。
 胸に湧き上がって来る様々な想いから僕の左目から涙がとめどなく流れ、風圧で四方に飛び散っていく。
 でも… ザミエルにもらった右目からは、相変わらず涙が流れる事は無かった。

その時だった…

「え…? もう僕は死んだのか? 天国に着いたのか?
 でも… 悪魔と契約を結んだ僕は、天国には行けないんじゃないのか?
なのに…
 何で… 大場さんが下から上がって来るんだよっ!」

僕は自分の目を疑った。
 猛スピードで顔に叩きつけてくる空気の抵抗の中、左目を開けているのは苦痛だったがザミエルから受け継いだ右目は平気で開けていられた。
その僕の悪魔の右目にうつったのは… 
 眼下から僕に向かって真っすぐに上がって来る、大場エリカの顔だったのだ…
 それは僕に向かってどんどん近づいて来る… ハッキリしてきた…
 もう、幻なんかじゃない…
 あの清楚せいそで僕にはまぶしいほどに美しい、あこがれの大場エリカさんの顔だ!
 この僕が、いとしい彼女の顔を見間違うはずが無かった!
 ああ…夢なら、このまま覚めないでくれ! 
 この世の最後の見納めに、彼女の顔を目に焼き付けて死にたいんだ!

僕と彼女の顔がぶつかりそうになった瞬間…
 大場エリカの姿が僕の眼前から消えた…

やっぱり… 幻だった…
僕は幸せな夢を見ていたんだな…

「神様… ありがとうございます… 最後にもう一度彼女にわせて下さって…」
 そうつぶやきながら、僕は死を覚悟して目を閉じた。

その時だ…
 背後から僕の胸に回されてきた二本の腕が、優しくだが力強く僕の身体を抱きしめた。
 僕は驚いて自分を抱きしめている手を見た。白くてほっそりとした指の美しい手だった。
この手には見覚えがある…
 田辺の部屋で僕の左腕に両手で必死にすがり付いてきた、あの人の手だったんだ…

「そんな… そんなバカな… これは、まだ夢の続きなのか…?
神様が僕に見せて下さってるのか?」

夢でもいい…
 僕は恐る恐る、背後から僕を二本の腕で抱きしめている人物の顔を見ようと後ろに顔を向けた。
 そこにあったのは… やはり僕の思った通りの人の顔だった。

「ああ… 大場さん…
 やっぱり、僕は天国へ行けるのか…?
 だって、だって… 大場さんの姿をした天使が空を飛んで僕を迎えに来たんだから…」

 僕を背後からしっかりと抱きしめていたのは、大場エリカその人だった…
 彼女は僕の顔を見つめて、優しい微笑みを浮かべた。
 ああ… なんて美しい微笑みなんだ…
 それはまるで、女神か天使の微笑みだった。
 
 そして、彼女の美しく愛らしい唇が開いて言葉を発した…

「よお、大河… 危ない所だったな。」

 僕は仰天した! 自分の耳を疑った…

 天使の様な大場さんの美しい口から発せられたのは、彼女のんで良くとおる美しい声では無く、やはり僕にとって忘れる事など出来るはずの無い声だった。

「ザミエル…? ザミエルの声?」
 僕は混乱した… どうなってる? やっぱり変な夢なのか…?
それとも、ここは地獄なのか?

「夢でも地獄の迎えでも無いし、お前は間違っちゃいない。
 お前の目の前にいるのは大場エリカ本人だし、この声は魔界随一の射手…だった、ザミエル様の声だ。」

 間違いない。この人を小馬鹿にしたエラそうな話し方はザミエルだ…
 僕は頭がおかしくなりそうだった…いや、もうおかしくなったのだろうか?

「ザミエル? 夢じゃ無いって言うなら、僕に分かるように説明してくれないか…?」
 僕は自分の視線の先にある、ザミエルの声を発する美しい大場エリカの顔に向かって必死に訴えた。

「ああ、説明してやるとも。
 だが… 俺達をひどい目にわせやがった、あのクソ野郎をぶっ殺してからゆっくりとな。
行くぜ、大河!」
 
 そう言ったかと思うと、ザミエル(?)は落下していた二人の体勢を後ろから力強く引き起こして、上空の方へと向きを変えた。

「バサッ! バサッバサッ…」
 背後で何かが広がるような音が聞こえた。ジャンプがさを勢い良く広げた時の様な音だ。
 その後に続いたのは大きな鳥の羽ばたきのような音だった。
どちらも、かなり大きな音だった。

 すると… いったい、どうなってるんだ…これは?
 僕と僕を抱きかかえた大場エリカの身体の落下が止まった。
 下を見ると、地上まで残すところ100mくらいの高さだった。
 大場エリカに抱きかかえられなかったら、もう少しで僕の身体はガイラのねらい通りに、地上に猛スピードでたたきつけられていたところだった…
 もし、激突していれば僕の身体は、原形を保たないほど木っ端微塵こっぱみじんに粉砕されていただろう。

「行くぞ、大河っ! 魔弾の残弾数は何発だ?」

 後ろからの問いかけに振り返った僕の目に映ったのは、大場エリカの背後で力強く羽ばたいている真っ黒で大きなコウモリの翼だった…
 それは、サイズこそ違うがザミエルの背中に生えていた翼に…そっくりだ。

「悪魔の翼… 何でそれが大場さんの背中に…?」
 僕の疑問のつぶやきに、ザミエルの声で大場エリカが答えた。
「その説明も後だ! 答えろ、大河! 残弾数は何発なんだ?」

 話しているうちにも、僕達の上昇速度はどんどん加速していく。
 コウモリの飛ぶ速度って、こんなに速かったっけ…?

「ああ… さっき銃を確認したら残弾は二発だった。お前が言ってた7発って言うのは間違ってたぞ。」

「分かった… なら、残弾数は三発だな。それだけあれば、あの程度のザコは十分だ。」

僕とザミエルで話がみ合っていない…

「はあ? ちゃんと聞いてたのか、お前?」

 僕のあきれたような問いかけには答えようともせずに、ザミエルが言った

「おい、やっとクソ野郎の所まで上がってきたぜ。」

 確かに20mほど向こうに、ガイラがこちらを向いて対峙たいじする体勢を取っていた。
 ガイラはマンティから奪って自分のモノにした巨大で強靭な昆虫のはねを激しく振動させて、ホバリング(空中浮揚)していた。

「おい! 魔弾の射手っ! 何でお前が飛んでんだっ⁉ それに、その背中につかまってるその女っ! 何でお前が生きてるんだっ⁉」
 
 ガイラが僕と同じく、この訳が分からない異常な事態に明らかに腹を立てている様子で、こっちを見て大声で喚わめき散らしていた。
 まあ、ヤツのその気持ちは僕にも分からないでは無かった。
 僕だってザミエルに事情を説明してもらってないのだ…
 
 すると… 背中の巨大なコウモリの翼で力強く羽ばたき、僕を抱きしめている大場エリカの姿をした(?)ザミエルが、こちらと向かい合い対峙たいじしているガイラに向かって叫び出した。

「我が名はエリカ!『魔界の射手ザミエル』の翼を受け継ぎし者なり!
そして『魔弾の射手タイガ』の翼なり!」

 ザミエルが大場さんの口を使って、見事な大見得おおみえを切った…
 僕は何だか恥ずかしいけど…少し嬉しかった。

「そうか… お前はザミエルだな? その女と同化しやがったのか!
 という事は…女もお前も瀕死ひんしだったが、まだ死んではいなかったという訳か?
 ケッ! しぶとい野郎だ… とどめを刺しとくんだったぜ!」
 
 ザミエルじゃなくて、ガイラが僕の疑問に答えを示してくれた。
 そうか… 死にひんしていた大場さんとザミエル… 二人が悪魔の同化をする事によって一つの身体になり、生き長らえる事が出来たのか…

「ま、そう言う事だ… それじゃあ、疑問も解けたし張り切って行けよ、大河!」
 ザミエルのヤツ、僕の心を読みやがったな… なんて奴だ。

「魔弾でヤツを仕留めよう。」
 僕はガイラをにらみつけながら、背後のザミエルに言った。

 僕とザミエルの会話を聞き取ったのか、ガイラが大声でわめいた。
「グハハハハハ!
 そう、簡単にいくかな…?『魔弾の射手』よ!
 俺をお前の魔弾でここで仕留めたらどうなると思う、ああん?
 俺はな、ドクガエルの属性を持つ魔族よ。俺の身体がこの上空で四散しさんしたら、飛び散った俺の身体にたくわえられた猛毒が雨となってこのあたり一帯の地上に降り注そそぐ事になるぜ。
 お前の魔弾のせいで、何も知らないで真下で暮らす何千人という人間が俺の猛毒の犠牲になるだろうよ。
 俺の道連れに全員地獄へ連れて行ってやらあ!
 それでもいいってんなら、俺をねらえ… 俺をその銃で撃って見ろよっ!
お前に出来るものならなあっ!
ゲハハハハハッ!」

 ガイラがしてやったりという態度で、楽しそうに大声で叫び笑った。

「何いっ! ザミエル、ヤツの言ってる事は本当なのか…? ただのはったりじゃあ…?」
 僕は背後の大場エリカの美しい顔を振りあおいだ。
 こんな時でも彼女の顔は美しい… 不謹慎ふきんしんだけど、僕はそう思ってしまった。

 大場エリカの美しい瞳で、上から僕を見つめながらザミエルが答える。

「いや、ヤツの言ってる事は本当だ。
 ガイラが猛毒を持つタイプの魔族なのは間違いない。ヤツの身体がバラバラになって四散すれば、恐らくヤツの言う通りに地上は広範囲に渡って大惨事になるだろう…
 毒をびた地上の生きとし生ける生物は全て死に絶える。」

 ザミエルが恐ろしい事を落ち着いた声で淡々としゃべる。
 やっぱり、コイツは根っからの悪魔なんだ。聞いた僕が間違ってた…

「そんな… それじゃあ、どうやってガイラを倒せばいいんだ…?」
 僕は魔弾銃を持った右手と空いてる左手で、自分の頭を抱えてしまった。

「大丈夫よ、井畑いばた君…」

僕の耳元で優しい声がささやいた。
 それは決して忘れる事の出来ない、僕が恋焦こいこがれるあこがれの女性の涼やかで心地よく、まるで天使の囁きの様な声だった。

「大場さん!」
 それは、僕のほほに自分の頬をくっつけるように寄せた大場エリカの口から発せられた、間違いなく彼女自身の声だった。
 僕は嬉しさと照れくささで顔を真っ赤にしながら、彼女の美しい顔を見つめた。
 すぐ目の前で優しい微笑みを浮かべた大場エリカが、僕の目を見つめながらしゃべった…

「通常の魔弾でも残弾の二発でガイラ程度は殺せる。だが…地上への被害を防ぐには、方法は一つしかない…」
 魅力的で愛らしい彼女のくちびるから発せられたのは、ザミエルの声だった…
 僕はがっかりした。でも、ザミエルの話を聞かないわけにはいかなかった。

「で、どんな方法があるって言うんだ? さっさと話せよ。」
 僕は少し苛立いらだちを込めた皮肉っぽい声で、大場エリカの顔でしゃべるザミエルを問いただした。

「ははははは、お前はじつに単純で分かりやすい性格だな…大河。
 よし、しっかりと聞けよ。
 通常は、ガイラ程度の魔物なら使用する事の無い7弾目の特殊魔弾を使う。
 この弾の使用は非常に危険をともなう。この俺でも慎重に扱わざるを得ないほどにな…
 『魔弾の射手』になったばかりのお前に、使いこなせるかは大いに疑問だ…
 だが… この状況では、一撃でガイラをめっする第七特殊魔弾を使う以外に方法はない。
 この必殺の一撃を失敗すれば、ヤツの猛毒が地上の広範囲に降り注ぐだろう。
 下で暮らす大勢の人間を含めた全ての生物が死にえる…
 大河、お前にそれをやる勇気があるか?」
 
 大場エリカの美しくんだ瞳で、僕の目を射抜くように見つめながらザミエルが言った。

「それしか無いんだろ、方法は…? なら、やるしか無いじゃないか。
 僕は、お前の右目と両腕を受け継ついだ『魔弾の射手』だ… やって見せるさ!」
 顔に引きつった笑みを浮かべた僕は、きっぱりと言い放った。

「ふっ…よく言った、大河。
 それでこそ、我が契約を結びし者『魔弾の射手タイガ』だ。」

 そう言った大場エリカの美しい顔が、何だかほこらしげでうれしそうに見えたのは僕の思い過ごしだろうか…?

「でも、ザミエル… 僕のこの魔弾銃のシリンダー(弾倉)には6発分のチャンバー(薬室)しか無いぞ。7弾目っていったい…?」
 そうなんだ… さっき地上に向かって落ちていく時に僕は自分自身の目で確かめたんだ。
 このコルトパイソン.357マグナムは6発しか撃てない銃だ。

「7弾目か…?
 それはな… お前自身が作り出すんだよ。
 お前の意志で、お前の想いを全て詰め込んだ第七特殊魔弾をな!」

 僕にはザミエルが何を言ってるのか理解出来なかった…

「ザミエル、何言ってんだよ… 僕に特殊魔弾なんて作れる訳が無いだろ。だって、僕はおまえと違って…」
 僕はそこまで言って、言葉を飲み込んだ。

そうか… 今の僕は…

「やっと分かったようだな。そうだ、お前はもうただの人間じゃ無い…
 俺と『悪魔の契約』を結んだ『魔弾の射手』なんだぜ。
 第七特殊魔弾の作成は、この世界でただ一人… お前にしか出来ないのさ。
 このザミエル様にも、もう二度と出来ない…
 『悪魔の契約』に従い、お前に右目と両腕をくれてやったからな。」

 僕はザミエルの言葉に愕然がくぜんとした。

 僕は『悪魔の契約』と言うものを、よく理解していなかったのだ。
 自分が、もう人間では無くなったという事も…
 
そして…
 僕が『魔弾の射手タイガ』という名を冠した魔族の一員になってしまったという事実を…

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