【Rー18】ヒッチハイカー:第12話「どうしても南へ行きたいんだ…」⑩『ログハウスの惨劇… 死闘!SIT・AチームVSヒッチハイカー』
あとログハウスまで50mという地点まで来たところで、長谷川警部が全員に対して無線で合図を送った。『止まれ』の合図だった。
SIT隊員ではない伸田だけが合図を理解出来なかったが、隣を歩いていた安田巡査が伸田の名を呼び静止するように手で指示したので、どんどん先行せずに済んだ。
「長谷川だ、聞いてくれ。作戦変更だ。これより我々を三班に分ける。一班は島警部補を班長とし、片岡巡査に安田巡査の3名。二班は山村巡査長を班長とし、関本巡査に足立巡査の3名。三班は私が班長で鳳指揮官と伸田氏の3名とする。
一班にはログハウスの正面入り口から入ってもらう。二班は勝手口等の別入り口からの侵入だ。三班はログハウス外にて待機し両班への指示と、有事にはバックアップに付く。それでよろしいですか、鳳指揮官?」
長谷川が自分の指示を指揮官である鳳に確認した。
「私はそれで構わん。作戦の立案及び指揮は君に任せる。」
長谷川の5mほど右隣に位置する鳳が、右手の親指を立てた『サムズアップ』のサインで了承した旨を示していた。
「では、続ける。一班と二班は共にプラスチック爆薬のC-4で両ドアの鍵及び接合部を同時に爆破しろ。それを確認し次第、三班の私がM84スタングレネード(閃光手榴弾)を窓からリビングへと投擲する、M84の爆発を合図として一班二班共に突入だ。
人質の皆元さんのいるリビング内では、やむを得ない場合以外での発砲は禁止する。皆元さんを確保した後は各個の判断にてヒッチハイカーへの発砲を許可する。この場合も人質及び仲間への発砲には注意しろ。 私からは以上だが、何か質問は?」
長谷川が全員に命令を通達した後、島警部補が発言した。
「おおむね了解です。しかし、皆元さんの所在はリビングで間違いないんですね? それに先ほどはヒッチハイカーはログハウスの屋根に出ていると、鳳指揮官は仰ってましたが…」
すぐに鳳の返事があった。
「その通りだ。ヒッチハイカーはさっきまで屋根の上にいた。おそらく、ヤツは我々の接近を感知したんだろう。ヤツの五感なら我々の人数までも感知したと見ていいだろうな。」
「山村巡査部長です。指揮官はヤツの事をよくご存じなのですね。」
これまで、あまり発言の無かった山村巡査部長が皮肉めいた口調で鳳に対して発言した。
「はっきり言おう。その通りだ。私は極秘任務として、ヤツと同種の怪物をこれまでも追って来た。戦った経験も数知れずある。
これまでSITの他チームの君達の同僚である警官達がやられた結果を見て分かるだろう。ヒッチハイカーは君達の持つSMGでは倒せない。いや、通常兵器でヤツを傷付けてもすぐに再生するのは、君達もすでに目にしている通りだ。
これは国家機密に関する事だが、私は…ヤツを倒す事の出来る9mmパラベラム弾を所持している。私のベレッタはヤツに破壊されてしまったが、マガジンと装填されていた弾丸は無事だ。」
そう言った鳳がポケットに入っていたベレッタの弾倉(マガジン)を取り出して、全員に見えるように掲げて見せた。
「いったい、その9mm弾にどんな力があるというんですか?」
伸田が興味深そうに鳳に質問した。
「それは…機密事項なので言う事は出来ない。だが、私自身が以前ヤツと同種の怪物との戦いで同じ弾丸を使用したが、効き目は十分だったとだけ言っておく。効果は実証済みだが、言うまでもなく目標に当たらなければ何の意味も無い。ただ、身体に弾丸が掠っただけでも、ある程度の効果は期待出来ると思ってもらっていい。」
皆の視線が鳳の右手に握られたベレッタの弾倉に集中した。
「だが現在の私は、この弾倉に入った15発の弾丸しか所持していない。これを全員に配布するとなると、一人当たり一発もしくは二発のみだ。この吹雪の中で高速で動き回るヒッチハイカーに当てるとなると、かなり困難なのは射撃に長けた諸君には十分理解出来るだろう。さあ、どうすべきだろうか?」
ここまで言った鳳は皆の反応を待つべく黙った。
「その特殊弾を無駄にする事は出来ない。となるとやはり、最も射撃を得意とする者が所持して撃つべきではありませんか?」
そう言った山村巡査部長が島警部補を見た。
島警部補は県警ナンバーワンの射撃の腕前を誇り、警察庁主催の全国大会に毎年選抜されて出場して入賞し続けるほどの実力だった。
「私もヤマさんに賛成です。だが、その弾丸は私ではなく伸田さんが所持すべきだと思いますね。」
島警部補の意見に全員が伸田の方を向いた。すでに伸田の射撃の腕前を目の当たりにしたAチームの隊員達からは、反対の意見は出なかった。安田巡査と関本巡査などは大きく頷いて賛同を示していた。
鳳と長谷川警部は島警部補からの無線報告により聞かされてはいたが、隊員達の反応を実際に見て驚いた。この射撃のエキスパート達の集まりであるSITの隊員達から、これほどの信頼を寄せられる伸田の射撃の腕前とはそれほどの物なのだろうか…?
「伸田さんはAチームの猛者達に絶大な支持を得ているようだ。長谷川警部、彼に任せても構わないかね?」
鳳が右隣の長谷川の方を振り返って尋ねた。すると長谷川は鳳に頷いて見せた。
「私は…Aチームの隊員達が支持する伸田さんを信じようと思います。」
長谷川の言葉に鳳 成治は笑った。
「ふっ… 犯罪者なら泣く子も黙るSITの面々は、実は大甘なんだな。自分達の命運をたった一人の民間人の青年に賭けるとは… 分かったよ、私もその賭けに乗ろう。
そらっ、伸田君! ヤツを任せたぞ!」
そう言った鳳が、右手に握っていたベレッタの弾倉を左隣に立つ伸田に向けて放った。
「パシッ!」
吹雪の中を自分に向けて正確に飛んできた弾倉を、伸田は右手で受け止めた。
「これが、ヒッチハイカーを倒せる弾丸…」
伸田はマガジンをひっくり返したり月明かりに透かして見たりしたが、見た目はどうって事の無い普通のベレッタの弾倉だった。伸田は弾丸が15発入ったの複列弾倉(ダブルカラム・マガジン)の開口部から指を使って弾丸を一発抜き出してみた。
見た目は通常の9mmのパラベラム弾だった。だが、弾頭部は警察で通常用いられるギルディングメタルと呼ばれる銅合金で被覆されたFMJ(フルメタルジャケット)では無く、鉛の弾頭だった。警察では殺傷能力の強い鉛の弾頭では無く、貫通能力の高いFMJ弾が用いられる事が多いのだ。なのに、鳳の使用する弾丸は鉛が剥き出しのソフトポイント弾なのである。
「弾頭に何か模様が刻んである…」
伸田は平らになった鉛の弾頭部分を目を凝らして見た。
「これは… ペンタグラム? 五芒星だ。」
伸田が弾頭に刻まれた模様を読み取り、顔を上げた時だった。
すぐそばに鳳 成治が立っていた。
「うわっ! 鳳さん! い、いつの間に…?」
雪の中を音も立てずに静かに忍び寄っていた鳳に、驚いた伸田がどもりながら尋ねても、鳳は取り合わずに言った。
「そうだ、君の言う通り、それは五芒星だよ。安倍晴明の再来と言われる稀代の陰陽師が念を込めて手ずから一発ずつ五芒星を刻んだんだ。
つまり、その弾丸自体が陰陽術の込められた『思業式神』なのだ。名付けて『式神弾』だ。
その事を肝に銘じて、君には無駄弾は使わないでもらいたい。」
伸田に対して自分の言いたい事だけ言い終えると、鳳はくるりと背を向けて自分の立ち位置に戻って行った。
「わ、分かりました… 凄いプレッシャーだけど頑張ります。くそ、聞いちゃいない…
それにしても…その五芒星だとか陰陽師だとかが、あのヒッチハイカーに通用するのか…?ヤツはドラッグでイカレた薬物中毒のサイコパスだろ?」
ブツブツと伸田が独り言をつぶやく。だが、彼は恋人の静香を救うためならどんな手段でも使うつもりだった。たとえ怪しげな弾丸であろうと藁にでも縋りたい気持ちなのだった。
「よし。では、先ほどの作戦で行くぞ。三班に分かれて進め。」
長谷川警部の言葉に全員が従い、それぞれが支持された班を組んでログハウスへと歩き始めた。
「待ってろよ、シズちゃん。僕が必ず君を助ける。」
そう伸田はつぶやくと、長谷川と鳳と共にログハウスへと向かう。彼の右手には、鳳の言う『式神弾が収まった弾倉の装填されたベレッタが、しっかりと握られていた。
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明かりの消されたログハウスの居間では、屋根から戻ったヒッチハイカーがまだ意識が戻らないまま横たわる静香の傍に静かに立っていた。
「三つに分かれた… もうすぐ来る。」
目を瞑ったままそうつぶやいたヒッチハイカーの顔には、残忍だが嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
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『一班、島です。玄関口に到着。扉の鍵にC4をセットしました。』
島警部補が無線で皆に報せてきた。
『二班、山村です。勝手口の鍵にC4セット完了です。』
同じく二班から山村巡査部長の報告が入った。
「こちら三班、長谷川だ。これより作戦を開始する。一班と二班は音響閃光弾の炸裂と同時に屋内に突入しろ。人質の救出が最優先だ。よし!爆破!」
「ボンッ!」
「ボンッ!」
仕掛けられたプラスティック爆弾C4がほぼ同時に爆発し、玄関と勝手口のそれぞれの扉の鍵の周辺部が吹き飛んだ。
「一班、爆破成功!」
「二班、同じく完了!」
島と山村から、それぞれ扉の鍵を爆破した旨の無線が入る。
「了解した! こちら三班の長谷川、M84を投げ入れるぞ。今から5秒後だ! 5、4、3…」
長谷川が3秒目で目の前にあるログハウスのリビングルームの掃き出し窓に音響閃光手榴弾の『M84スタングレネード』を投げ入れた。
窓ガラスが砕け散ると共に、引いてあったカーテンを押しのけて室内に飛び込んだM84が炸裂し、170-180デシベルもの爆発音を上げると同時に100万カンデラ以上の閃光を放ち、真っ暗な室内を真昼以上の輝きで照らし出した。カーテン越しでもまばゆい光だった。
中にいる人間は、防護無しだとM84の爆発で方向感覚の喪失や見当識の失調を起こすはずだった。たとえヒッチハイカーが並外れた体力と不死身に近い再生能力を持っていたとしても、生物である以上は影響を受けないはずが無かった。
「一班、突入っ!」
「二班、行くぞ!」
島警部補と山村巡査部長の力強い掛け声と共に、全員がSMG(サブマシンガン)を構えたまま中へと突入した。
どこに敵が潜んでいるか分からないため、一班二班共に警戒しながら建物内を進む。ログハウスの中はスタングレネードが爆発した後の独特な匂いが充満していた。最も匂いのきつい部屋がリビングの筈である。
すぐにたどり着いた6名のSIT隊員達は、リビングへの二つの出入り口を片岡巡査と関本巡査に守らせて、残り4名が慎重に入っていった。
部屋の中は長谷川警部がM84を投げ入れたためにガラスの割れた掃き出し窓から、雪混じりの風が吹き込んでいた。
M84のアルミケースの残骸がブスブスとまだくすぶって燃えていた。
「島警部補! 皆元さんを発見しました!」
安田巡査が指さした床に、毛布を数枚掛けられて横たわる皆元静香の姿があった。
「よし! 安田、皆元さんの生存を確認しろ! 他の者は警戒を怠るな!」
島が全員に命令を下す。
静香の首筋に手を当てた安田巡査が嬉しそうな叫び声を上げた。
「生存を確認しました! 皆元さんは生きています! 気を失っているだけです!」
「島警部補! リビングと続くダイニングにはヤツの姿はありません!」
山村巡査部長が大声で叫んだ。ここまでの騒ぎになれば、もう囁き声で会話する必要など無かった。
「安田!お前はそのまま、皆元さんの警護に当たれ! 他の者はリビング以外のログハウス内を調べる! 俺は2階へ行く!片岡、お前も一緒に来い! ヤマさん達二班は一階を頼みます。ヒッチハイカーを目にしたら躊躇せずに撃て! ただし、同士撃ちだけは十分に気を付けるんだ!」
全員が島警部補の指示で行動を開始した。
Aチームの隊員達は全員が幾つもの死線を共に乗り越えて来た仲間である。互いに寄せる信頼は絶大なものがあった。
年齢も警察官としての経験も島警部補よりも山村巡査長の方が上だが、上官としての島の人柄や的確な判断力には山村は敬意を表しているのだった。
「片岡、十分に注意しろ。俺が向いている方と反対側をお前に任せるからな。」
階段を登り切った島が片岡に声をかけた。
まだ若い片岡巡査は、上官である島警部補の自分を信じる言葉に感激しながら頷いて返事をした。
「任せて下さい、島警部補。必ずヒッチハイ…」
片岡の言葉が中途半端に途切れた。不審に感じて振り向いた島警部補がそこに見たのは…
身長178cmの片岡巡査の身体が床から1m程も持ち上げられていた。島警部補の前には、2mを超える大男が片岡の被ったヘルメットと彼の顔の間に指を指し込み、頭を掴んだ左腕一本だけで重装備の片岡を吊り下げていたのだった。
「ヒッチハイカー…」
茫然として立ちすくむ島警部補の口から洩れ出た言葉はこれだけだった。
口を含めた顔の下半分を押えられたままの片岡巡査は声を上げる事も出来ないでいた。片岡は左手で自分の顔を握るヒッチハイカーの左腕を掻きむしりながら、右手に握ったSMGの銃口を相手の左肩に押し付けてフルオートの状態で引き金を強く引き絞った。
「タタタタタタタッ!」
「カンッ!カン!カンッ!カン! カラカラ…」
SMGから排出された真鍮製の薬莢が宙に舞って床に散らばる。MP5SFKの弾倉内の9mmパラベラム弾30発はすぐに撃ち尽くして空になった。
だがヒッチハイカーの姿勢に変化は無かった。
30発のFMJ(フルメタルジャケット)のパラベラム弾を至近距離から生身の肉体に食らったのだから、本来ならヒッチハイカーの左肩はズタズタになっている筈なのだ。
だが、確かに皮膚は裂け血は飛び散っていたが、ヒッチハイカーの強靭な筋肉の鎧を突き破って骨にまで達した弾丸は無いようだった… それが証拠にFMJのパラベラム弾の弾頭部が、食い込んだ左肩の筋肉に反発されて皮膚に開けられた傷口から次々と押し出されて来た。
「カツン!コン!コンッ!コロコロッ!」
おそらく血にまみれた30発の弾丸は、全てヒッチハイカーの足元のフローリングの床に落ちたのだろう。足元には元は一つの弾丸だった薬莢とFMJの弾頭部が数十個転がっていた。
「片岡を放せ、化け物っ!」
少しの間、茫然としていた島はすぐに気を取り直してヒッチハイカーの左側に回り込むと、SMGを左わき腹の肋骨下端に押し付け、弾倉内の30発を全弾撃ち込む勢いで引き金を引いた。
「タタタタタタタッ!タタタタタッ!」
「グシュッ!」
島の頭上で胸の悪くなる何かが破裂する音がした。そして島の身体に、赤を主体としているがいろんな色の混ざった液体が降り注いだ。
ビクッとして頭上を見上げた島の目に映ったのは、ヒッチハイカーの左手の恐るべき握力で握りつぶされた片岡巡査の頭部から噴き出す血や脳漿の混ざった液体だったのだ。
「片岡あーっ!」
自分の可愛い部下が目の前で無残に殺された島警部補の頭の中で何かが弾け飛んだ。
「うおおーっ! 殺してやるぞっ!化け物め!」
島は撃ち尽くしたSMGの弾倉を新しい物と交換するともう一度フル掃射した。
「タタタタタタタッ!」
ヒッチハイカーは島の撃つSMGの弾丸を胸や腹で平気で受け止めながら、左手にぶら下げたままだった片岡巡査のの死体を島に向けて勢いを付けて放り投げた。
「ぐええーっ!」
島の身体が、恐ろしい勢いでぶつけられた片岡の遺体と共に後方に吹っ飛び、二階の丸太で組まれた頑丈な壁面に叩きつけられた。そこまでで、片岡の遺体の下敷きとなって倒れた島警部補の意識は途絶えた。
「島警部補!大丈夫ですか?」
一階を捜索していた二班の三人が、二階のSMGの発砲音を聞きつけて階段の下に集まって来た。
「返事が無い… 島警部補も片岡もヒッチハイカーに遭遇して…」
関本巡査が不安そうな顔で二階を見つめながらつぶやいた。
「やはり、SMGなんかじゃヤツは倒せないんだ…」
足立巡査が自暴自棄になったかの様な口調で言い、彼の脚は激しく震えていた。
「お前ら、しっかりしろ! まだ二人が死んだと決まったわけじゃない。俺達が助けに行かないと、二人とも本当に殉職しちまうぞ!」
山村巡査部長が怖気づき始めた二人の部下を叱咤し、自ら先行して二階への階段を登り始めた。山村は数段上がった所で立ち止まり、振り向くとリビングにいる安田巡査に向かって叫んだ。
「おい、安田! お前は皆元さんを長谷川警部達の所へお連れしろ! ここにいちゃ危険だ! 急げ!」
「は、はい! ですが、山村巡査部長。皆元さんは、その…全裸なんです…」
安田の情けなさそうな声が聞こえて来た。
「バカ野郎!美女の裸に勃起してる場合じゃねえぞ! さっさと、お嬢さんを毛布にくるんで担いで行け! ここにいたら彼女まで殺られるんだぞ! 命令だ、早く行け!」
山村巡査部長が怒鳴りつけると、安田巡査は毛布で体を包んだ静香の身体を左肩に担ぎ上げた。
「安田! 必ず皆元さんを恋人の所まで連れてけよ!」
関本巡査が親友でもある安田に対して叫んだ。
「安田! ここは俺達に任せろ!」
先ほどまで震えていた足立巡査も勇気を取り戻して叫ぶ。
「皆元さん、美しいあなたをこんな格好で運んでごめんなさい。でも、自分が必ずあなたを伸田さんの所へ連れて行きますから…」
気は優しくて力持ちを地で行く身長185㎝で体重80㎏の安田巡査は、学生時代にはアメリカンフットボールをやっていた経験があり、柔道三段に剣道二段の猛者だったため、50㎏足らずの静香の身体を軽々と運んで行く。
「みんな、死なないでくれよ… 皆元さんを運んだら必ず戻るからな。」
安田巡査は死地から自分だけ離れるのを決して潔しとは思わなかったが、静香をどうしても助けたいというAチーム全員の意思に背中を押されて、ログハウスの玄関を後にした。
「みんな、いいな。安田と皆元さんを絶対に三班の隊長の所まで逃がすんだ。それまでは…死ぬなよ。」
山村巡査部長が後ろを振り返る事無く、前を見つめたまま関本巡査と足立巡査に対して言った。
「分かってますよ、ヤマさん。」
「ヤツに安田達を殺らせはしません。」
覚悟を決めて二階へと登る関本と足立が山村に対してそれぞれ即答した。
「俺はいい後輩達を持った…」
そこまで言った山村の言葉が凍り付いた。
「し、島警部補…? 片岡か?」
山村の視線の先にはログハウスの二階の丸太組の壁面の下に、SIT隊員の装備をした二人の血まみれになった身体が折り重なるようにして倒れていた。
「おい、関本に足立、よく聞け。二人が倒れている。俺が生死を確認するから、お前らは援護しろ!」
自分が階段を上がり切った山村は後続の部下達に命じると、素早く周囲を見回してから倒れている二人に近づいた。
そして、上になっていた片岡巡査のヘルメットの中でグシャグシャに潰れた顔は、様々な殺人事件で被害者の遺体に直面して来た山村巡査部長でも目を覆いたくなるほどだった。
どうやったら人間の顔をこんなに潰せるというのか…?
例えは悪いが…それはまるで、熟れすぎたトマトを握り潰したような有様だった。
「片岡… 安らかに眠ってくれ。お前の敵は俺達で取る。」
目を瞑って、そうつぶやいてから山村は、片岡の身体を抱えて島警部補の上から横へとどかせた。
そして、片岡巡査の身体の下敷きになっていた島警部補の首筋に手を当ててみる。
「はっ… 脈がある… おい、島警部補は生きてるぞ!」
そう嬉しそうに言って後ろを振り返った山村巡査部長の目の前に、またもや惨劇が展開されていた!
「タタタタタタタッ!」
関本巡査が狂ったようにSMGを乱射していた。その銃口の先には足立巡査の身体がある。
「バカ野郎! 関本! お前、足立を撃ち殺す気か!」
山村は立ち上がって関本に駆け寄り、彼の射撃を止めようと左上腕を掴んだ。
実際、関本の撃ったSMGの銃弾の何発かは足立巡査の身体に当たっていたのだ。
しかし、その足立の履いている靴底は床より両足とも20cmほども浮かび上がっていた。
関本のSMGが発した硝煙が、破れていた明り取りの窓から吹き込む風で吹き飛ばされて視界が明瞭になって来た。
「放してくれ、ヤマさん! もう、足立は死んでるんだ!」
そう言った関本は山村の腕を振り払い、撃ち尽くしたSMGの弾倉を取り換えた。
そして、すぐさま射撃を再開した。
「タタタタタタタッ!」
「うおおおっ! 足立ぃっ!」
山村巡査部長も自分のSMGを構えると、関本に倣って同じ方向に射撃を開始した。
山村の目にした吊り上げられた足立巡査の肩の上には…頭部が無かったのだった。すでに彼は首をヒッチハイカーに切断されていたのだ。
「タタタタタタタッ!」「タタタタタタタッ!」
足立巡査の遺体を持ち上げて盾にしているが、彼よりも二回りは大きなヒッチハイカーの身体は、当然の様に隠れ切れてはいなかった。その見えている身体の部分に向けて、二人の警官はSMGを撃ちまくった。
********
ログハウスの中から最初のSMGの銃声がした時、三班の長谷川警部と鳳 成治に伸田の三人の身体に緊張が走った。
「始まったか…」
鳳がつぶやいた。
「そうですね…」
長谷川警部は部下達の作戦の成功と、静香を含めた全員の無事を心から祈った。
「シズちゃん…死なないでくれ…」
伸田は気が気でならなかった。長谷川警部の『ここで待機』の命令さえ無ければ、他人任せにしないで自分自身が一刻も早く静香のいるログハウスに飛び込んで行きたかったのだ。
SMGの斉射音は少し間をおいて一回、そしてすぐにもう一回鳴り響いた。
合計3回の斉射音の後、少し経ってから玄関の扉が開き一人の大男が現れた。そして大男は吹雪の中を三班の三人の方に向かって歩いて来た。
伸田は右手にベレッタを握りしめ、長谷川も自分のSMGを構えて安全装置を外した。鳳は背広の内側に右手を伸ばした。
身構える三人に向けて、大男が歩きながら右手を雪空に向かって伸ばすと大きく振って見せた。近づくにつれて大男のシルエットが次第に明らかになって来た。
大男はSIT隊員の装備姿だったのだ。大男に見えたのは、その隊員が左肩に何か大きな物を担いでいたためだった。
「隊長! 安田です! 撃たないで下さい! 皆元さんをお連れしましたあっ!」
安田巡査の張り上げた声を聞いて、伸田達三人は緊張を解いた。
「シズちゃんは無事なんですか?」
我慢出来ない伸田は、雪の中を安田巡査に向かって駆け寄った。
「ああ、伸田君。皆元さんは無事だよ。」
安田巡査が自分より背の低い伸田を見下ろして、へたくそなウインクを一つして嬉しそうな笑顔でニッコリと微笑んで見せた。
その時だった!
「タタタタタタタッ!」
ログハウスの中からSMGを斉射する音が再び響き渡った。
それに続いて、誰が発したかは不明だったが叫び声も聞こえて来た。
「うおおおっ! 足立ぃっ!」
「タタタタタタタッ!」「タタタタタタタッ!」
その斉射音と叫び声を聞いた安田巡査は立ち止まった。
「伸田君、後は恋人の君に皆元さんを任せるよ。俺は仲間の元へ戻る。」
毛布にくるんだ静香の身体を伸田に優しく手渡した安田は、長谷川警部と鳳に向かって最敬礼をした。
「長谷川隊長! 安田巡査、これよりAチームに復帰します!」
そう言い残すと、彼はSMGを構えながらログハウスへと駆け戻って行った。
力持ちの安田の様には軽々と担げない静香の身体を文字通り重く受け止めた伸田は、雪の中を走っていく安田の背中に向かって叫んだ。
「安田さん! 静香を守ってくれてありがとう! 絶対に死なないで下さい!」
前を向いたままの安田が握りしめた左拳を突き上げて見せた。
伸田の両目から涙が流れたが、吹き荒れる吹雪で涙は頬の上ですぐに凍り付いた。
「シズちゃん… よく無事に生きててくれたね。それもAチームのみんなのお陰なんだよ。今度は僕がこの『式神弾』でみんなを助けなきゃ…」
伸田は吹き荒れる吹雪の中、毛布にくるまれた恋人静香の身体を愛おし気にしっかりと抱きしめながらも、ヒッチハイカーとの戦いを決意し右手にベレッタを握りしめた。
吹雪く山中の夜明けは、まだ遠かった…
【次回に続く…】
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