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ブンガクのことば【0004】

一生の秘訣とは斯(こ)の通り簡単なものであった。『隠せ。』……戒はこの一言で尽きた。

~島崎藤村『破戒』より~

瀬川丑松の父は丑松に、自分たちが社会で生きていくための「秘訣」を、〈自己の出自の否認〉であると説いた。

自己の出自。
彼らは、被差別部落の出身だった。

丑松は、父の教えを「戒」として、頑なにそれを守ろうとする。
しかしながら、身体の奥底から湧き起こるとある思い――生まれによって人間の人間性が剥奪されるその理不尽は果たして許されるのかという懊悩、そして、真の人間性、平等をこの世界に実現したいという願いーーを抑えることが、どうしてもできない。
事実、丑松の崇拝する人物は、丑松と出自を同じくしながら、それを公言し、社会に堂々と対峙している……。

しかし……。

全編を通じて描かれる丑松の葛藤を読み通せばこそ、この小説のタイトルすなわち『破戒』という言葉の、その重みを理解することができるだろう。

それにしても、つくづくと思う。
島崎藤村『破戒』が発表されたのは、1906(明治39)年。
現代は、はたしてどうなのか。
社会が人に自己の否認を強いること。現代社会はこの暴力から、自由になったと言えるのだろうか?
その答えにほんのわずかにだけでも"曇り"があるかぎり、この傑作は、いつまでも読み継がれねばならないだろう。


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