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ドイツパン修行録~マイスター学校編~

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製パン経験の全く無かった元宮大工の男がパンの本場ドイツに渡り、国家資格である製パンマイスターを目指す物語のマイスター学校編。 田舎町に移り住み、通い始めたマイスター学校。真っ新な… もっと読む
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2021年10月の記事一覧

*39 才能なんかいらない

 試験前最後の日曜日の早朝、悪夢に魘されて目を覚ました。遅刻をする夢などは子供の頃から何か重要な行事がある度に見てきたのだが、今度は試験が始まるやいなや気を失って机に伏せたまま試験を終え、それで取り返しの付かない事をしてしまったと心臓を動悸々々とさせていた。目を覚まし、それが夢だと判ると安堵の溜め息を漏らしたが、体はまだふわふわとしている様であった。四時前の事であった。  試験を翌日に控えた日曜日の夕方頃になって、突如気持ちが猛烈に不安定になった。計算問題を復習していても数

*38 最終決戦

 正念場である。言ってしまえば今年は春先から絶えず正念場の中を潜り抜けて来たようなものであるが、今週で授業も終わり来週の月曜日に試験を控えた極めて正念場たる正念場を迎えている。終わり良ければ全て良しと言うのであれば、その逆もまた然りの筈である。これは何も結果を言う訳ではない。最後まで挑戦者として毅然たる態度で真摯に立ち向かう事を擲ち、土壇場で膝を震わし怯んでいては背中を押していた応援歌も忽ちブーイングに姿を変え背中にぐさぐさと刺さるに違いないのである。南ドイツの方言や外国人と

*37 佳境

 気付けば彼岸も過ぎた。停留所の人混みの中でこそこそと知らぬ男を探す事も、その間に同じく停留所に佇む美しい女に気を惚られる事も無く過ぎた。そして忽ち十月である。  彼岸はおろか盂蘭盆でさえもう何年と実家に顔を見せていない私であるが、こうして彼岸を頭に浮かべた序でに幼少の頃の墓参りを思い出した。当時は墓を参る理由もそもそも盂蘭盆の実態さえ知らぬまま、只夏休みには御盆と呼ばれる頃に一度、祖父母や両親や姉兄妹について墓を参っては墓石を洗ったり線香を焚いたりするものだと言う認識ばか