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ドイツパン修行録~マイスター学校編~

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製パン経験の全く無かった元宮大工の男がパンの本場ドイツに渡り、国家資格である製パンマイスターを目指す物語のマイスター学校編。 田舎町に移り住み、通い始めたマイスター学校。真っ新な…
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2021年4月の記事一覧

*17 隣の芝生に立つ鏡

 フィット・ヴィー・アイン・ターンシューと徐にフーバー先生が私に言ってきたのは月曜日の授業中だった。ちょうどその直前に調子はどうだと尋ねられていたので大凡そういった類の話だとは思ったのだが、この言葉を投げられた時の私はその意味どころか、殆ど何と言っているのかさえ掴めずに何度も聞き返していたので、何の事だかさっぱり理解出来ずにいる読者の方々もまあ安心して読み進めて戴きたい。それでクラスメートの一人が「ターンシューが何か分からないんだ」と言った事で教室中に笑いが起こってその一件は

*16 オーブンが無いとパンに成らない

 このシュトラウビングと言う街に越して来てからというもの、矢鱈と忙しない天気が目立つ。それも日毎に空の表情が変わるというのとはわけが違って、十分前に吹雪いていた景色が今はもうさっぱり晴れていたりするという様なのを一日中繰り返して、三寒四温を二十四時間の内に凝縮したが如くに晴れたり雨たり雪たりするのである。毎日では無いにしても既に頻繁である。それだから学校からの帰路で晴れていたと思っても、トレーニングを済まし、いざジョギングへと外に出ると、私を小馬鹿にする様に雨やら雪やらが舞っ

*15 馬に乗るまでは牛に乗る

 四月に入ると冬の影もすっかり無くなり、外を走る際の身支度にも衣替えを施し、また走っていると其処彼処で車のタイヤが交換されているのを見掛ける様にぽかぽかとした日が続き、この街もすっかり春の訪れを両の手に迎え入れたと思ったところに雪が降った。朝起きてキッチンにミルクを取りに行くと、窓の外の景色がすっかり薄らと白んでいたので、普段は天気に殆ど無関心な私もこれには驚いた。それで学校に行き更衣室で二人きりになったクラスメートにまた冬に戻ったねと話し掛けると、それを最後に先生からも生徒

*14 パン職人への第一歩

 下宿先に新しい同居人が入った。名をトーマスと言った。月曜日の事である。  私は簡単に挨拶を済まし、共用のキッチンやトイレなどを説明して回ると、リビングに戻って来た時に彼が急に何か飲む物を要るかと聞いて来たので、要ると言うと自分の部屋に戻り瓶のジュースを持って戻ってくるなり、私をソファーに座るように促しそれから二人で三十分程、自己紹介がてら会話をした。これが彼との出会いである。感じの良い男であった。翌日に控えた学校を前に、彼も私と同じように心を強張らせていたらしく、君と知り合