【73歳父の小説】あのころ⑥百めのころ
73歳になる父親が趣味で小説を書いている。
今回は、昔の単位の話。短くて読みやすいです。
あのころシリーズはこちら
あのころ⑥百めのころ ポール守谷(著)
メートル法が施行された昭和35年頃までは重さを表す単位に「もんめ」(=匁、モンメ)を使っていました。
一貫め、百めというように。
「昆布の佃煮百めくれやあ。」と言う風にです。
お菓子も量り売り。
ほとんどの食料品がそうでした。
段ボールの切れ端にペンで「百め65円」と書かれた値札がお菓子の値段の表示。
八百屋さんは「キョウギ」と言う薄い板で容器として使うものですが、それの端を幅5センチ長さ10センチほどに切り、当時流行り始めていたマジックインキで、値段を書いて立てて表示してました。
主として百めが単位の基礎で。
約400グラム。
メートル法から見れば中途半端な重さですがモンメ単位では中心を成す基本の重さが百めでした。
メートル法の施行で重さの単位がグラムキログラムに変更されました。
お店ではどうしたかと言うと、すぐに1キログラム、100グラムの重さには対応しませんでした。
お店の人は買う人の混乱を避けて、少しずつ順応して行くように工夫されてました。
百めはおよその385グラムです。
元々使ってた重さ「百め」と大きく差の出ないように、なんと「385g85円」と表示して、あくまでも百めの重さが基準でした。
直ぐに500g100円、100g20円と表示するのがメートル法の趣旨でしたでしょうが、表示を一気に変更する混乱を避けまた便乗値上げの防止の観点からも、知恵を精一杯だしての対応かなと今では思います。
しばらくして385gの表示から400gに変わり、ひとしきりこの400gの表示が中心でした。
その後500g220円、1kg430円になりましたが、もうその頃は違和感なく、と言うかそういうもんなんだなとして受け入れられて行きました。
73歳父の小説シリーズはこちらにまとめてあります。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?