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『魔女の遺伝子』第四話「魔女の声」

既出の登場人物

エリザベス・アヴェリー:愛称リサ。本作の主人公。やや背が高い銀髪の女子高生(ヴィジュアルはヘッダー画像右)。政府の少子化対策の一環として作られたクローン人間の一人。本人も彼女の友人もそのことは知っている。

ヴァネッサ・ハートリー:誘拐されたリサの前に現れた白衣を着た赤毛のグラマーな女性。肘から先を自在に変形する能力を持つ。

ナタリー・ホワイト:愛称ナターシャ。500年前に迫害を受けていた能力者を束ね、国家転覆を企てた少女。国に甚大な被害をもたらすも、最終的に捕らえられ処刑された。リサのクローン元。


 ヴァネッサはリサを縛ったまま続けた。
「あなたのために教えてあげる。ナタリー様がどんな御方かをね。ナタリー様は生まれつき異能力を持って生まれてきた。そういう血族の子だったの。私と同じね。当時も表沙汰にはされてなかったらしいけど、その存在は知られていたみたい」

 知られていた、と言われてもリサは納得できなかった。そんな話は歴史の授業でもテレビでもネットでも、一度も聞いたことがなかったからだ。
(そんなことあるわけ……。でも現にこの人はそういう能力を持ってる)
 にわかには信じがたい話だが、実際にヴァネッサは得体のしれない能力を使ったのだ。最早否定しようにも否定できない。

「そんな中、ナタリー様が十四歳のとき、この国で疫病が蔓延しだした。それは他の疫病とは比べ物にならないぐらいの早さで広がり、この国に甚大な被害を与えたわ。そこで疑いをかけられた一部の人間が、魔女と見なされ迫害を受けた。これはあなたもよく知っている話よね?」

 ヴァネッサの言う通り、この話はリサも知っていた。疫病の蔓延から社会不安が広がり、謂れのない罪で多くの人が迫害を受け、冤罪によって処刑された。今では誰もが学校で習う歴史的事実だ。

「この話は概ね正しいわ。魔女と見なされ迫害を受けた人々はいた。そう、それは私の先祖やあなたのクローン元であるナタリー様のような異能の者たち。私たちの先祖は偶々その疫病に対する耐性が備わっていたのか、誰一人その流行病に感染しなかった。だから病をばら撒いたと疑われた。そして私たちの祖先は罪を擦り付けられ、迫害された」
 ヴァネッサは静かな憎悪と軽蔑のこもった声で淡々と語った。

 そのときリサの脳裏に昔の記憶が蘇ってきた。クローン人間であるが故に受けた偏見。いつもアリーが守ってくれたけれど、もし彼女がいなかったら自分はどうなっていただろう。そんな考えが過った。
 ヴァネッサの祖先もクローン元であるナタリーも、きっと同じような目に遭ってきたのだろう。迫害というのだから、それはもっと凄惨なものに違いない。心優しいリサはつい、彼女らに同情の念を抱きそうになった。

 そのとき不意に、リサは心の奥に自分ではない何者かの存在を感じた。
「リサ……。あなた、リサっていうのね」
(誰!?)
「私は、あなた」
 その声は暗く淀んでいたが、妙な安心感があった。そのときほんの微かな憎悪の息吹が、彼女の心の奈落で芽吹く音がした。

 リサは得体のしれない何かに引きずり込まれそうで恐ろしくなり、すぐ我に返った。するとその誰か・・の気配は消えてなくなっていた。
(まさか、今のが……)
 リサはぞっとした。これがナタリーなら、本当にクローン元の人格が自分の心の中にいて、こちらの意思とは無関係に動き出したということ。やはりすでに何かされていた・・・・・・・のだ。眠らされている間に、それまでとは違う何かに変えられていた。

 リサは動揺を隠しきれなかった。それをヴァネッサは見逃さなかった。
「その顔……。エリザベスさん! あなたまさか、ナタリー様にお会いしたの!?」
「そ、それは……」
「そう! そうなのね!?」
 ヴァネッサはリサを拘束していた指を解くと、大喜びで彼女を抱擁した。「やったわ! 上手くいったのね!」

 まさに狂喜乱舞といった喜びようだった。しかしそれは、宿主にされたリサにとっては不愉快極まりなかった。
「放してください!」
 リサはヴァネッサの身体を両手で思い切り引き剥がした。ヴァネッサは気の弱そうなリサが真っ向から自分を拒絶したのを見て、面食らった様子で目を丸くした。

「何を怒っているの、エリザベスさん?」
「何を? こんなことされて怒らないと思うんですか!? なんなんですか! 人を誘拐して、勝手に前の人の人格を蘇らせて! なんで私が、あなたや、そのナタリーって人の復讐に付き合わなきゃいけないんですか!」
 ここまで怒ったのは生まれて初めてだった。不安と恐怖が一周回って怒りに変わり、抑えられなかった。それぐらい耐え難かった。

 しかしヴァネッサもここですんなり引き下がりはしない。
「でもあなた、クローンとして差別されてきたんでしょう? 悪いことをしたわけでもないのに後ろ指を刺されたり、ただの興味本位で言い寄られたり。奴らに復讐したいと思わないの?」
 彼女は諭すようにそう言ったが、リサは怒りでまったく受け付けない。

「復讐とか恨みとか、そんなのないです! 巻き込まないでください!」
 リサは自分でも何をやってるのかわからなかった。このどこだかわからない施設から逃げる算段があるわけでもなく、拒絶したからといってあてがあるわけでもない。ただ不安と怒りで声を荒げるしかなかった。

「ブツッ」
 そこで先ほどのスピーカーからマイクが接続される音がした。二人はスピーカーの方を向いた。

「……ヴァネッサ、聞こえるか? クリスだ」
 若い男の声だった。その声はちょうどリサと同じぐらいの年齢に聞こえたが、ずっと年上のようにも感じられた。
「クリス、何か用? 私は今取り込み中なの」
 話しぶりからして、どうやらヴァネッサとは対等な立場のようだった。

「ナターシャのクローンと話をしてるんだろ? なら俺がそっちへ行く」「……そうね。あなたなら説得できるかもね。いいわ。来てちょうだい」
「ああ。すぐに向かう」
 そこで接続が切れた。

 男はナタリーのことをよく知っているようだった。リサはどんな説得にも応じる気がなかった。向こうもそんなことはわかっているはず。なのにヴァネッサは説得できるかもと言った。
(どういうこと? まさかまた私に何かしてナタリーの人格を……。でも、それなら説得できるかもなんて言い方はしないんじゃ……)
 リサは状況に付いていけず、ヴァネッサの次の言葉を待つしかなかった。

「すぐにクリスがここへ来るわ。あなたと同じクローンよ。ただあなたとは少し事情が違うけれど」
 ヴァネッサはまた不気味な笑みを浮かべながらそう言った。いったいクリスとは誰なのか。想像もつかなかったが、ヴァネッサの仲間なのだから状況が良くなることはない。リサはそう思った。


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