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あなたはこれを読んでもいいし読まなくてもいい/『手を伸ばせ、そしてコマンドを入力しろ』(藤田 祥平 著)の感想

あれはたしか、中学生時代の夏休みの課題の一つだったと記憶している。
いくつかの課題図書の中から好きなものを一つ選択し、感想文を書け、というものであった。筆者が選んだのは夏目漱石の『こころ』という、かの有名な書である。
恥ずかしながら、まともに長編小説を読んだのは、それが初めてのことであった。

読書感想文?だるっ!
なーんて、思う方は多いと思う。何を隠そう、筆者もそうだった。
遠足の感想文を書け、などという課題は本当に嫌いだった。人の何倍もの時間をかけ、ようやく書き上がったものを見れば、誰々君が何々をしましたとかいう有ったことの箇条書き。そして「楽しかったです」などという、何も伝わらない感想を言って締める。いかにも子供が書きそうな駄文であった。

しかし、この本は呪いの書であった。

作者である藤田氏にとって、それはカフカの『変身』であったという。
たしかに、あれも危険な書であった。
筆者のように漱石であったり、人によっては太宰であったり、その他呪いの書は世界に多数あり、生きていけばいずれは呪いの書に出会ってしまうだろう。全く本を読まないというなら別だが、こんなところまできて、この文章を読んでいるあなたは、いつか出会う。そういう素質がある方だ。

呪いの効果はいろいろあれど、筆者はあの書を読んで以来、文章を読むことにも書くことにも、まったく抵抗が無くなってしまったのである。あれほど苦手だった感想文をあれほどスラスラと書けるようになるとは、自分でも信じられないくらいだった。

 私(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚(はば)かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執(と)っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字(かしらもじ)などはとても使う気にならない。

この冒頭の一文を読んだだけで、あっという間に呪いにかかってしまった。たったこれだけで作者が非凡な才を持っていることが分かってしまう。恐ろしい書である。
今では、この課題を出してくれた先生に感謝をしている。
すでに著作権は切れており、青空文庫で無料で読むことができるので、未読の方は是非。

話を戻そう。
断っておくが、本書はゲームの小説ではない
作者の半生を書いた私小説である。
ゲームが多数出てくるのは、ゲームが彼の人生とは切り離せない、彼の半身だったからにすぎない。
なので、ゲームの話だけを望んで本書を手にとったなら、ひょっとしたら拍子抜けするかもしれない。かくいう筆者も『Wolfenstein: Enemy Territory』の話がでてくるという理由だけで読んだのだが、そうでもなければ、もしかして読むことは無かったのかも知れないと思うとゾッとする。それほど、筆者にとって本書は期待以上の作品であったからだ。

本書では彼のもう半身、小説についても多くが語られている。
今、サブタイトルが”小説家になる方法”となっている漫画が流行っているが、あれなんかよりよっぼどこちらのほうが参考になると思う。(あの漫画をバカにしているわけでは決して無い。あれはとても面白い漫画だ。ただ”小説家になる方法”と言われると首をかしげてしまうが)
予備校の講師や、大学で出会う師匠”センダ”とのエピソードは、今現在、学生をやっている方々には、とてもためになると思う。

作者は母親の自殺を経験し、この一件が彼の精神に暗い影を落とすことになる。
その後に『EVE Online』をプレイしはじめるのだが、このあたりでは、これがゲームの話なのか現実の話なのか彼の空想なのか、すべての境界が曖昧になり、よく分からなくなってくる。

作者の輝かしいゲーム遍歴や、師匠のセンダをしてうらやましいと言わせるような人生経験。これらが作者に見せる風景はどんなものなのか、本書で確かめてみて欲しい。それは現実ではなく、ひょっとしたら電子的なものかも知れない。
だが、それを区別する必要など無いのだ。どうあれ作者にとって、それが本当にあったことに変わりはないのだから。
(ところで『EVE Online』にはトンデモなく面白い大戦争の話があるのだが、興味を持った方は調べてみると良いだろう)

筆者は、この本を名著であるといって人に勧めることにつゆほどの躊躇もない。
だが、あなたが、あの時の筆者と同じような読書経験の少ない中学生以下の少年少女なら、本書を読む際には気をつけて欲しい。なぜなら、この書はあなたにとって呪いの書になる可能性が十分にあるからだ。
あなたは呪いによって小説家になろうと思ってしまうかもしれないし、ゲームに没頭して学校を辞めてしまうかもしれないし、ポケモンマスターを目指して街を出てしまうかもしれない。
どんな呪いがかかるか分からない危険な書なのだ。
だから、あなたはこれを読んでもいいし読まなくてもいい、ゲームの世界と同じく、世界には無数の選択肢がある。
ただし、読んだ後、呪われたとしても筆者を恨まないで欲しい。

付記

ところで、作者の書くゲームプレイの描写は実にカッコいい!セリフのやり取りもスタイリッシュだ。
以前書いたように、筆者は『Wolfenstein: Enemy Territory』はプレイしていたものの、『EVE Online』は未プレイであるが、これを読んだら猛烈にやりたくなってしまった。
すべてのゲーム会社の方々に提案なのだが、今のうちにこの作者に仕事を依頼したほうが良い。
貴社のゲームをプレイしてもらい、小説を書いてもらうのだ。相応の金が掛かるだろうが、ゲームの販売本数として確実に返ってくるだろう。
今後は間違いなく、ギャラもどんどん上がるし、時間もなくるし、受けてもらえなくなる可能性が高まっていくだろう。
電話をしろ、そして仕事を依頼しろ。今すぐだ!

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