〜自分の弱さを知った時〜
天「だからここは違うって何度言ったら分かるの?前も同じ間違いしてるよね?」
「す、すみません…。直して、」
天「もういい…。私が作るから。」
「…。」
天「ったく…。」
「また怒ってる。」
「ホントだ…。あんなに眉間にしわ寄せて、彫り深くなっちゃうんじゃない?」
天「そこ!口じゃなくて手を動かして!」
「は、はい!」
「おぉ、怖っ…!」
天「まだ何か?」
「何でもないです…。」
「早く行こ…。」
「うん…。」
天(はぁ…。何でこう上手くいかないのよ!)
私の名前は久々実天音(くぐみあまね)。会社の中ではチームリーダーをやっているんだけど、周りが全然出来なくて毎日毎日怒ってばかりだ。私1人でやった方が上手くいくんじゃないかって思うくらい。早くしないと企画に間に合わないのに…。
私だって怒りたくて怒ってるわけじゃない。でも周りがたるんでるからガツンと言わないとって思って言っている。
玲「天音?」
天「今は話しかけないで。」
玲「う、うん…。でも、ちゃんとご飯食べないと、」
天「はぁ…。邪魔しないで!今大事なことやってるの。見て分からない?」
玲「ご、ごめん…。」
天「自分の部屋行くから入って来ないで。」
私の彼氏も空気読めないし、要らない心配はかえって大きなお世話だっていうの。
私は部屋に閉じこもって仕事をしていると、ドア越しから玲の声が聞こえた。
玲「ぼ、僕…、天音には必要なさそうだから、出てくね…?」
それはとても悲しそうな声だった…なんてその時の私には分からなかった。
この時私は大切なものを日々、1つ1つ失っていくことにちゃんと気づけなかったんだ。
それから1か月後。企画は失敗に終わった。悔しくて、苛立ちが抑えられなかった。チームでの反省会ではやってはならないことをした。私は怒鳴り散らして、周りのせいにしたのだ。これが私の中の大切なものが全て無くなった瞬間だった。
その後上司に呼ばれてリーダーを辞めろと言われた。どうしてなのか分からなくて、抵抗したけど上司は悲しい目をして私を哀れんだ。そして、有給を全部使っていいから仕事から離れろとまで言われた。
天(今が大切な時なのにどうして?どうしてみんな私の邪魔ばかりするの?)
そんなことばかり考えていた。今考えれば心に余裕が無くて、焦っていたんだ。自分の弱さを隠すために強気で立っていたんだと思う。
強制的に会社を出禁にされ、家で仕事も出来なくなった。そんなある日、食材が無いことに気付いて買い出しに出かけた。ずっと仕事に没頭していたから会社に行く道のり以外に歩くのはすごく久しぶりだった。すると、どこからか波の音が聞こえた。そう言えば自分の家から海が近いことを思い出した。そのことは私にどれだけ仕事に夢中だったのかを思い知らせた。子供の頃以来行っていない海。久しぶりに行ってみることにした。
天「…うわ〜…。広い…。」
海が広いなんて当たり前のことなのに、心の声が漏れてしまった。開けた目の前が、私の中の何かを解放していくようだった。
とその時。
カシャ…
天「…?」
私の横でカメラのシャッター音が聞こえた。その方を見ると1人の男性が私にカメラを向けていた。一瞬何かと混乱したが、自分が撮られていたと理解した途端に大声が出た。
天「な、何してるの!!あなた今盗撮しましたよね!」
そう怒鳴るとその人は怒られているのにも関わらず笑顔で、
「あまりに自然で美しかったから、つい。」
天「はい?意味わからないこと言わないで!警察呼びますから!」
「え!それだけは勘弁してください!」
天「あなたね、これは犯罪よ!」
「すみません…。今のは消しますので、許してください…。」
天「はぁ…、せっかくリセット出来たと思ったのに台無し…。」
「あ〜…、なるほど…。」
天「何です?あなたがしたこと分かってます?反省して下さい!」
「すみません。お詫びにコーヒーでもどうですか?落ち着きますよ?」
天「どうしてあなたに不快な気持ちにさせられてるのに、あなたとコーヒーなんか飲まなきゃいけないの?落ち着くどころかイライラが爆発するから。」
「それもそうか。う〜ん…、どうすればいいかな?」
最初は失礼な人だと思った。非常識にも程があるし、反省してるんだかしてないんだか分からないし。でもこの人に出会ったのは、私に大切なものを戻してくれるチャンスになるのだった。
「あ、じゃあ僕消えます。」
天「そうしてくださ、い…?あれ…?」
その人が消えると言ってくれたのでそっちを向くと、もうそこには誰も居なかった。つい1秒前にここにいたはずの人が一瞬で消えたのだ。何が起きたのか分からなかった。
天(私、幽霊でも見てたの…?)
海岸は横に広いし、隠れる場所なんて無い。私は幻覚でも見たのかと思った。周りを見てもさっきの人はどこにも見当たらない。
天(私疲れてるのかな…?)
なんだか怖くなって、自分が疲れてて何かが見えてしまったのだと無理やりそう思うことにした。でもあの男性を見てから不思議なことが起きた。その日を境にある夢を見るようになったのだ。
過去の自分の記憶が流れる夢。私はただそれを見ているだけだった。嫌な夢だった。思い出したくも無い夢だった。そしていつも決まって男の人が私の名前を呼んで目を覚ました。
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