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2020年ノーベル生理学・医学賞(C型肝炎ウイルスの発見)

今年のノーベル生理学・医学賞は、米英の3氏に贈られました。
受賞理由は「C型肝炎ウイルスの発見」です。
米国立衛生研究所(NIH)のハーベイ・オルター名誉研究員、米ロックフェラー大学のチャールズ・ライス教授、カナダ・アルバータ大学のマイケル・ホートン教授の3氏です。

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ノーベル賞公式サイトより(https://www.nobelprize.org/)
*タイトル画像も公式サイトから引用(Illustrations: © The Nobel Committee for Physiology or Medicine. Illustrator: Mattias Karlén)

3人は、C型肝炎ウイルスの同定につながる画期的な発見をしました。A型肝炎ウイルスとB型肝炎ウイルスの研究は進んでいましたが、血液を媒介とする肝炎患者の大半は原因不明のままでした。C型肝炎ウイルスの発見は、不明だった慢性肝炎の原因を明らかにし、血液検査や新薬の開発を可能にし、何百万人もの命を救ってきました。

C型肝炎とは?
~多くの死者を出すウイルス性肝炎~

C型肝炎ウイルス(HCV)は、文字通りC型肝炎を引き起こすウイルスです。

HCVに感染すると約70%の人が持続感染者となり、慢性肝炎、肝硬変、肝がんと進行する場合があります。肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれ、予備能力が高く自覚症状がないまま病気が進むことがあり、HCVの感染がわかれば症状がなくても必ず詳しい検査(精密検査)をして、治療を含めて対処を検討する必要があります。
現在日本では約100万人程度のHCV感染者がいると考えられています。その中には感染がわかっていない人やわかっていても通院されていない人が多いのが現状です。慢性肝炎、肝硬変、肝がん患者の60%がHCV感染者であり、年間約3万人が肝がんにより亡くなっているため、多くの人にC型肝炎についての正しい情報を知っていただくことが大切です。
*肝炎情報センターHPより(http://www.kanen.ncgm.go.jp/cont/010/c_gata.html)

C型肝炎は、全世界で年間約40万人の死者を出しています。また、ウイルスのキャリアとなっている人は1億人を超えると推測されています。

主な感染経路は血液です。
ご存じの方も多いと思いますが、かつては輸血によって感染が拡大しました。しかし、それは既に過去の事です。先進国では使い捨て注射器が普及し、検査体制も確立されています。
未だにC型肝炎の例を持ち出して、予防接種や輸血を否定する人が一定数いますが、これは完全な誤解です。

現在は針刺し事故や、鍼、ピアス、入れ墨(刺青)、覚醒剤注射の回し打ちなどが主である。
(Wikipedia)

ちなみに、母子感染や性行為による感染の可能性は極めて低いです。
感染者と同居していても、日常的な生活で感染することはありません。

他人の血液に直接触れることが無ければ、家庭や集団生活での感染のおそれはほとんどありませんし、握手や抱擁、食器の共用や入浴での感染はありません。 したがって、決してHCV感染を理由に差別されるなどの不利益があってはいけません
*肝炎情報センターHPより(http://www.kanen.ncgm.go.jp/cont/010/c_gata.html)

症状や治療などにも触れたいところですが、長くなるので以下の肝炎情報センターHPなどを参照して下さい。

現在、治療薬の開発のおかげで、薬を服用するだけで治すことができます。さらに、補助制度の確立などで金銭的な負担も軽くなっています。
今回受賞した三人の研究のおかげですね。
では、どのような経緯でウイルスが発見されたのでしょうか?

血液感染する肝炎の研究と、謎の病気

血液を介して感染する肝炎の死者数は、全世界で年間100万人を超えます。
HIV感染症や結核に匹敵する規模の世界的な健康問題となっています。

肝炎には大きく分けて2つの形態があります。
1つは、汚染された水や食べ物が原因で感染するA型肝炎ウイルスによる急性疾患です。
もう一つは、B型肝炎ウイルスC型肝炎ウイルスによって引き起こされるものです。この型は血液を媒介する肝炎であることが多く、慢性疾患として肝硬変や肝細胞がんに進行することもあります。

1960年代、バルッフ・ブランバーグは、血液を媒介とする肝炎の一形態がB型肝炎ウイルスによって引き起こされることを発見し、検査方法の確立や有効なワクチンの開発につながりました。この発見により、ブランバーグは1976年にノーベル医学生理学賞を受賞します。

米国国立衛生研究所のハーヴェイ. オルター(今回の受賞者)は、輸血を受けた患者における肝炎の発生について研究していました。B型肝炎ウイルスとA型肝炎ウイルスの検査方法が開発されると、未知の症例は減少します。
しかし、まだ原因不明の症例が残っていることに気付きました。

輸血を受けた人々のかなりの数が、未知の感染剤のために慢性肝炎を発症したことは、大きな懸念材料でした。
オルターたちは、肝炎患者の血液によってチンパンジーが感染する可能性があることを示します。その後の研究で、患者から採取した血液がウイルスの特性を持っていることが明らかになります。この謎の病気は、「非A、非B」肝炎として知られるようになりました。

C型肝炎ウイルスの発見

ウイルスを特定するために様々な手法が用いられましたが、ウイルスは10年以上経っても単離されませんでした。
製薬会社カイロン社のマイケル・ホートン(今回の受賞者)は、ウイルスの遺伝子配列を単離することに挑戦します(とても困難な作業です)。
そして、ホートンと共同研究者は、感染したチンパンジーの血液中に含まれる核酸からDNA断片のコレクションを作成します。これらの断片の大部分は、チンパンジー自身のゲノムに由来するものでしたが、ホートンたちは未知のウイルスに由来するものもあるだろうと予測しました。
そして、肝炎患者から採取した血液中にウイルスに対する抗体が存在すると仮定し、患者の血清を用いて検証します。
その結果、新規のRNAウイルスを発見し、C型肝炎ウイルスと命名します。慢性肝炎患者に抗体が存在することから、このウイルスが原因不明のウイルスであることが高くなります。

C 型肝炎ウイルスの発見は決定的なものでした。
しかし、クローン化されたウイルスが複製して病気を引き起こすことができるかどうかを調査しなければなりません。
セントルイスにあるワシントン大学のチャールズ・ライス研究員(今回の受賞者)は、C型肝炎ウイルスのゲノムの末端に未知の領域があることを発見し、ウイルスの複製に重要な役割を果たしているのではないかと考えました。さらに、分離されたウイルスサンプルの遺伝的変異を観察し、その一部がウイルスの複製を妨げているのではないかという仮説を立てました。
その仮説から遺伝子操作を行い、未知の領域を含んだ遺伝的変異がないC型肝炎ウイルスのRNA変異体を作ります。このRNAをチンパンジーの肝臓に注入したところ、血中からウイルスが検出され、慢性疾患のヒトに似た病理学的変化が観察されました。
これが、C型肝炎ウイルスのみが原因不明の肝炎を引き起こしているという証明になりました。

まとめ

ハーベイ・オルターによる「輸血に関連した肝炎」の研究により、未知のウイルスが慢性肝炎の原因であることが証明されました。
マイケル・ホートンは、新たな手法を用いて「C型肝炎ウイルス」と名付けた新しいウイルスのゲノムを単離しました。
チャールズ・ライスは、C型肝炎ウイルスが肝炎を引き起こすことを証明しました。

C型肝炎ウイルスの発見により、C型肝炎ウイルスの高感度血液検査が可能になり、世界の多くの地域で輸血後肝炎が実質的になくなりました
また、この発見により、C型肝炎を対象とした抗ウイルス剤の開発が急速に進み、C型肝炎を完治させることが可能となり、世界からC型肝炎ウイルスを根絶することが期待されています。そのためには、血液検査を容易にし、抗ウイルス剤を世界中で利用できるようにする国際的な取り組みが必要となります。

冒頭でご紹介したように、C型肝炎は自覚症状がなく進むことがあるため、依然として多くの死者を出し、世界的に大きな問題となっています
しかし、検査の容易化と抗ウイルス剤の普及によって犠牲者を大きく減少させることが可能と考えられています。

C型肝炎の検査と治療を可能にした今回のノーベル生理学・医学賞。C型肝炎について深く知る良い機会になったと僕は思います。

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