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カーボンナノチューブとゲル

*前後半の2部構成で、前半のカーボンナノチューブについては無料です。

カーボンナノチューブの発見

直近の記事でフラーレンとバッキーゲルについて触れました。そこで今回は、カーボンナノチューブにスポットをあててお話しします。


カーボンナノチューブは黒鉛(グラファイト)、ダイヤモンドと同じ炭素の同素体の一つです。フラーレンの後に発見されました。

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ナノチューブはフラーレンと違い、筒状になっています(https://www.dojindo.co.jp/letterj/146/review/02.html)

カーボンナノチューブは1991年、NEC特別主席研究員を務めていた飯島 澄男さんが発見します。
その年に英科学誌ネイチャーに掲載され、世界を驚かせました。
それもそのはず、サッカーボール型のフラーレンの発見から6年、ようやくその構造が明らかになったばかりだったのです。

338px-名城2010Fとともに

飯島澄男(名城大学にて, Wikipedia)

1985年にハロルド・クロトー、リチャード・スモーリー、ロバート・カールの3人が発見したフラーレン(1996年ノーベル化学賞)は、サッカーボール型と推定されたものの、直ぐにその構造が証明されたわけではありませんでした。
飯島さんはフラーレンの発見よりも前に、電子顕微鏡で球状の炭素物質を観察し、論文を出していました。
その電子顕微鏡写真は、後にノーベル化学賞を受賞した3人の業績を確定させたと言っても過言ではないと思います。
実際、フラーレンの証拠を求めていた3人から飯島さんへコンタクトがあり、やり取りも行ったそうです。
*飯島さんは1985年のフラーレン発見の報を知ったとき「あれがそうだったのか」と悔しい思いをしたと回想しています。

1990年にはフラーレンが球状分子だということが決定的になります。
そこで、飯島さんはフラーレン関係の仕事は切り上げようと思いました。
しかし、フラーレン発見者の一人、ハロルド・クロトーから、もっと掘り下げてみたらどうかと言われ、研究を続けることにしました。

多くの人がフラーレンを確実かつ大量に作ることを考えていた中、飯島さんはフラーレンの生成過程に注目していました。
当時、下図のようなアーク放電法でフラーレンを作っていました。

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アーク放電法の模式図(https://www.jp.tdk.com/techmag/salon/nano/nan050624b.htm)

容器の中を不活性ガス(図ではヘリウム)で満たし、グラファイトの電極を接触させた状態で電流を流します。そして、図のように少しずつ離していくとアーク放電が起きます(電極間は1~2mm程度)。放電によって陽極のグラファイトが蒸発し、容器内の器壁などに煤(すす)が付着します。この煤の中にフラーレンが含まれています。

普通は、フラーレンが出来たか確認するため、煤(すす)を調べます。
しかし、ガス中で球状分子がどうやってできるのか考えていた飯島さんは、装置の電極などを調べていました。
そして、陰極を調べていたときに、チューブ状の炭素物質を発見します。
これがカーボンナノチューブでした。
視点の違いが生んだ世紀の発見です。

最初に飯島さんが発見したのは、複数のチューブが重なった「多層カーボンナノチューブ」でした。

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多層カーボンナノチューブの模式図:見易いように色分けされています
(https://www.sigmaaldrich.com/japan/materialscience/nano-materials/multi-walled-carbon-nanotubes.html)

その後、鉄の超微粒子を作る研究をしていた飯島さんは、鉄の微粒子が空気中ですぐに燃えてしまうため、微粒子を炭素でコーティングして実験を行いました。
後になってこのときの実験写真をよく見たところ、鉄の微粒子から細い線状の物がたくさん生えていたそうです。これが単層カーボンナノチューブでした。つまり、鉄の微粒子が触媒の働きをしていたんですね。
触媒とは、反応の前後で状態が変化せず、化学反応を手助けする物質のことです。
作ろうとしたのは鉄の超微粒子でしたが、それは単層カーボンナノチューブの製法だったんです。
厳密には、鉄以外にニッケルとコバルトの微粒子が触媒として必要なのですが、このときは偶然その条件が揃っていたんですね。

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単層カーボンナノチューブ(https://www.nedo.go.jp/hyoukabu/articles/201602cnt/page02.html)

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単層カーボンナノチューブの透過型電子顕微鏡写真(https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2013/pr20131224/pr20131224.html)
*50nm(ナノメートル)は、髪の毛の千分の一。カーボンナノチューブはそれよりも細いんですね。

新たな炭素物質とその可能性

1998年、飯島さんは新たな炭素の同素体、カーボンナノホーンを発見します。

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カーボンナノホーン(https://jpn.nec.com/press/201301/20130129_02.html)

他の研究者からも、様々な物質が発見・発表されました。

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金属内包フラーレンとナノピーポットの構造モデル図(https://user.spring8.or.jp/sp8info/?p=24022)

リチウムなどの金属原子を内包したフラーレンは、籠(かご)のようですね。
ナノピーポットは、カーボンナノチューブの中にフラーレンが入っている「さやえんどう」タイプの面白い物質です。

フラーレンから始まった新たな炭素物質の発見ラッシュとそのエピソードは、いずれもセレンディピティに満ちていて、研究の面白さと大きな可能性を感じさせてくれます。

カーボンナノチューブはガスの吸着剤やセンサー、半導体、電極材料、細胞培養基材、キャパシタなど、様々な応用が試みられています。
樹脂材料に上手く混合すると強度が飛躍的に向上するため、樹脂とカーボンナノチューブの複合材料も積極的に研究されています。

量産化が難しく、それがカーボンナノチューブの欠点でしたが、最近は量産化技術が確立されつつあり、価格は十数年前に比べて大きく下がりました。
今後も、カーボンナノチューブから目が離せません。


大学の時、参加した学会でちょうど飯島さんの講演がありました。
ところが、指導教官の先生が近くの観光地に遊びに行こうと言うので、渋々ついていくことに...
それはそれで楽しかったので、今となっては良い思い出です。
でもやっぱり飯島さんの講演を聞きたかった(先生ごめん...)

この時は自分とは無縁の分野だと思っていたんですが、8年後、カーボンナノチューブの応用研究に一人で挑戦することになるわけですから、人生は分からないもんですね。
なにしろ、僕が専門とするゲルと炭素材料は水と油です。当時はこの二つを結びつける考えはありませんでした。
後半では僕が挑戦した「カーボンナノチューブを混合したゲル」の研究についてお話します。


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