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閲微草堂筆記(208)劉君琢

巻十三 劉君琢
 交河の老儒、劉君琢は聞家廟に住んでおり、崔莊に塾をひらいて生徒に教えていた。
 ある日のこと、彼は深夜まで飲んで酔っ払っていたのだが、唐突に自分で家に帰ると言い出した。時に長雨があがったばかりで、帰り道の間にある二本の河はどちらも水位が上がり暴漲していたが、彼はそのことをすっかり忘れていた。
 河岸までたどり着くと、彼はまたもや唐突に水浴びをしたくなった。波が高く、河に入るのをしばし渋っていると、たちまち、すぐそばに人が現れて言った。

「このあたりに、もとより水浴びができる場所がございます。ご案内いたしましょう。」

 たどり着くと、そこにはまるで釣り場のような大きな石があり、二人はともに水浴びをした。
 劉君琢はしだいに酔いがさめてきて、ため息をついて言った。

「ここから家までは十里もないだろうが、河の水が溢れてゆく手を阻んでいて迂回しなければならない。さらに四、五里多く歩くことになるのだ。」

 するとその人が言った。

「このあたりに、歩いて渡れる場所がありますよ。またご案内しましょう。」

 そう言うと衣をまとめて歩いて河を渡っていった。まもなく君琢の家に着こうかというところで、その人は慌てた様子で別れを告げ去って行った。
 家の門を叩いて中に入ると、家の者は驚いて言った。

「道が阻まれていたでしょうに、どうやって帰って来たのです?」

 君琢は自ら思い返してみたのだが、どうやって帰って来たかは分からなかった。例の人物は高川県の賀某、あるいは留不住(村名。その意味するところは詳らかではない)の趙某に似ていたように思えた。そこで後日、両家に子弟を遣わせて謝礼を述べたが、両家ともにそのようなことはなかったという話だった。
 また、河の中の大きな石を探し求めたが、跡形もなかった。
 そこで初めて幽鬼に遭遇したのだとわかったのだった。

 幽鬼の多くは酔漢を揶揄うものだが、この幽鬼だけは酔漢を手助けし導いたのである。あるいは、君琢は常日頃、善良で慎み深く、古の君子たる風格を有していたが、酔って波の高い場所を渡れば必ず危険が及ぶとして、天がひそかに使いを遣ったのであろうか。

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