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閲微草堂筆記(284)貞女の訴え

巻十四 貞女の訴え
 族姪の竹汀が言うことには、とある農家の婦人が若くして寡婦となった。彼女は二度と他に嫁がないと心に誓って姑に尽くし、子を養い、一年あまり経った。

 ある日のこと、華美な装いをした青年が塀の欠けた隙間からこちらを覗き見ていた。婦人はどこかの旅人が誤って入って来たのだと思い、罵って追い払った。

 ところが次の日、青年はまたやって来た。
 考えてみれば、近隣の村にこのような青年は居らず、また、地元の人でそのような華美な装いをする者もいない。婦人は心の中でこれは妖魅であると気づき、棍棒を手にして追い払った。するとその妖魅は煉瓦を投げ込んできて、家具や調度品が壊されてしまった。

 それからというもの、妖魅は毎日やって来て塀に登り、婦人への愛を語った。
 婦人は為すすべなく、土地神の祠へ涙ながらに訴えたが、霊験はあらわれなかった。

 七、八日ほど経った日のこと、白昼に空が暗くなったかと思うと、村の南側にあった古墓を雷撃が貫き、それから妖魅は現れなくなった。

 その正体が狐であったのか、幽鬼であったのかは分からないが、妖魅が人を惑わせば、天の法を犯したことになる。ましてや、この妖魅は柏舟の婦人(夫の亡き後貞節を守りぬくことを誓った婦人)を惑わそうとしたのだから、天誅が下ることになるのはもとより当然である。

 その験があらわれるまでに時間がかかったのは、天もまた人の世と同じ道理で動いていたからではあるまいか。死刑に関わることについては、奏上や申請が出て来るのを待って、その後刑を確定させる。此度は土地神を通して次々に報告が上がり、そのために刑の執行が数日遅延したのではなかろうか。

 それにしても、一介の婦人の涙ながらの訴えが、これほど早く天のもとへと届いたのだ。これは、孝行の心というものが天のはたらきと相通じているということの証でもあろう。

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