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閲微草堂筆記(270)くしゃみ
巻十四 くしゃみ
汲孺愛先生(先生は私の遠縁のいとこの子供にあたる。私は幼いころ先生に教えを受けたため、それからというものずっと師に対する礼節をもって先生に接している。)が言うことには、交河のとある人は、塚の近くに田畑を有してた。
家に戻るには遠く、近くに小屋を建ててそこに住んでいた。夜には常に幽鬼の声が聞こえたが、すっかり慣れしまっていて、いちいち怪しむこともなかった。
ある晩のこと、塚の方で誰かが大声をあげていた。
「お前さん、一体どうしてそんなにぼろぼろなんだい?」
もう一人、別の声が答えた。
「ちょうど、道で子供をひとり連れた娘に遭遇したんだ。見ればその顔には衰気が浮かびあがっていて、死期がすぐそこまで近づいているようだったから、俺は避ける必要はないと思ったんだ。ところが、思いもよらないことに、その娘がいきなりくしゃみをしたんだよ。その息にあたるや、まるで巨大な杵(きね)で突かれたようになって、傷ついて倒れてしまったんだ。しばらく体を休めて、やっとのことで帰って来れたんだよ。今もまだ胸のあたりがじくじくと痛むんだ。」
彼はただ黙ってその話を覚えておいた。
次の日、畑を耕す者たちを集め、この怪異についてつぶさに語り、尋ねた。
「昨日、どこかの家の娘さんで、夜に出かけて幽鬼に遭遇したという者はいないか?」
その中の一人、宋という姓の者が答えた。
「俺のとこの娘は昨晩息子と一緒に女房の実家から帰ったが、幽鬼に遭うことはなかったぞ。」
皆は、宋は嘘をついていると感じた。
数日後、宋の娘は狼藉者に捕らえられ、乱暴されそうになったが、刃に屈せず、貞節を守りぬいて死んだ。
貞烈の気とは、たとえその死期が迫っていようと、このように剛堅であるということがわかる。幽鬼や妖魅が正しき人のことを畏れるのも、おそらくはこのためであろう。
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