閲微草堂筆記(269)掌返し
巻九 掌返し
人の態度というものは瞬く間に変わる。妖魅もまた同様である。
編修(官名)の程魚門は言った。
「王文莊公は北郊での祭祀に陪席する際、必ず安定門の外の墳墓の園庭に宿を借りていた。その園庭にはもとより祟りがあるとされていたが、文莊は一度も目にしたことがなかった。ところがある年、彼は灯りの下でその祟りを目の当たりにし、それから半年後に亡くなった。これは所謂、『山鬼は一年に起こる出来事を知ることができる』(※)ということだろうか。」
※『史記』「秦始皇本紀」の記述による。巻六「山鬼」の話にも同様の引用がある。
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