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閲微草堂筆記(222)嘘つきの末路

巻十六 嘘つきの末路
 里に一人の若者が居た。ある日彼は何の理由もなく、妻の墓を掘り返しはじめ、その棺がほとんど見えるまでになった。
 時に、田畑には畑仕事に出てきた者たちが多くいた。若者がぶつくさと罵りながら墓を掘り返しているのを見て、皆は頭がおかしくなってしまったのではないかと疑い、全員で彼のことを止めに入った。そしてその理由を問い詰めたが、彼は頑として話そうとはしなかった。
 皆でその手を押えていたために、若者はそれ以上を墓を掘り進めることはできず、鍬を担ぐと恨みがましい様子で去って行った。そのわけについて、皆はまったくもって見当もつかなかない様子であった。

 翌日、一人の牧者(馬や羊の世話をする者)がいきなり墓のもとまでやってくると、狂ったように自分自身を殴りつけて言った。

「汝は人を唆して悶着を起こし、よその家の肉親同士を争わせ仲を引き裂くことが多かった。今のその讒言を黄泉の者たちに対しても及ぼそうというのか。我は神に決して汝を許さぬようにと申し出たぞ。」

 そして事の顛末を陳述すると、自ら舌を噛み切って死んだ。


 そもそも、件の若者は、雄々しく豪放な気性の持ち主で、自らの勇を誇り、郷里の者たちのことをまるで居ない者として見下していた。牧者はそれをひどく嫌い、それゆえ彼を誹謗する噂話を造って言ったのだ。

「ある人が、あいつの家の女はとんだ淫売だと言っていったが、俺は信じていなかったんだぜ。それが昨日、たまたま夜にあいつの女の墓の前を通り過ぎた時、林の中からウウ……ウウ……って声が聞こえてくるじゃないか。怖くって進めやしないから、繁みに伏せてこっそり様子をうかがっていたんだ。そしたら月明りの下、黒い影が七、八人、墓の前にいるのが見えた。そいつらはその妻と一緒に座って、なにやら悪ふざけをしている。いやらしい音や卑猥な言葉のひとつひとつがはっきりと聞こえたんだ。例の噂は嘘じゃなかったんだよ。」

 この作り話を聞いた者がそれを若者に伝え、それで彼は牧者の思惑通り、焦ってあのような行動を起こしたのだ。牧者はしめたものだと喜んだだろうが、思いがけず幽鬼が霊験を顕したのであった。


 取る足らない小人物が人を騙し貶めれば、その報いが自らの身に降りかかるのは当然のことである。
 しかしながら、若者もまた、その威勢に任せて人々を見下していたために自ら禍を招くことになったといえよう。
 ゆえに「君子は多く人をしのぐことを欲せず」(※)というのだ。


※原文は「君子不欲多上人」。『春秋左伝』「桓公五年」より引用されたもの。

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