見出し画像

閲微草堂筆記(201)荔姐の機転

巻三 荔姐の機転
 満媼は私の弟の乳母である。彼女には娘がいて、名を荔姐といい、近くの村の家に嫁いでいた。

 ある日、母が病気だと聞いた荔姐は、同行してくれる婿を待ちきれずに、大急ぎで実家に向かった。時はすでに夜となっていて、欠けた月がほのかにあたりを照らしていた。

 ふと振り返って見れば、一人の男が急いでこちらを追ってきている。強盗かもしれないと思ったが、あたりは荒野で助けを呼ぶこともできない。彼女はすぐに古い塚の白楊の木の下に身を隠し、簪や耳飾りを懐の中に入れ、腰紐を解くと首に結んだ。髪を振り乱し舌を出して、目を瞠って真っすぐに見据えながらその男を待った。そしてその男が近づいてくると、逆にこちらから招いて座った。

 男は近寄って彼女を見、首吊り霊だと思い、驚いて倒れ起きてこなかった。荔姐は狂ったように走って逃げ、なんとか免れることができたのだった。

 彼女の実家の門に入ると、その姿を見て家中の者がおおいに驚いた。ゆっくり事情を聞いて事の真相がわかると、皆怒るやら笑うやら。その後相談して近隣の里に問いただしてみようということになった。

 次の日、某家の若者が幽鬼に遭遇して邪気にあたってしまい、その幽鬼は今なお憑りついていて、彼はすでに正気を失ってしまって、意味の分からない譫言を喚いているという話があたりの村に喧伝された。その後、医薬やお札は何の効き目もなく、ついに癲癇をおこして亡くなってしまった。

 これは、彼が恐怖のあまり震えあがった機に邪魅が乗じて憑りついたのかもしれないが、はっきりとはわからない。また、すべてが幻で、彼の心が造り出したものだったのかもしれないが、それも分からない。あるいは、鬼神の力によって彼の悪行に天誅が下され、ひそかに魂を奪ったのかもしれないが、それもまた分からない。

 しかし、いずれにせよ行動が軽率な人間に対する戒めになろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?