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閲微草堂筆記(209)禿頂馬

巻六 禿頂馬
 私の同郷人に張何某という者がいた。彼はひどく陰険でよく人を欺き、親や家族の者であっても、ひとつとして彼から真実の言葉を得ることはできなかった。

 彼の口舌は巧みで騙される者が多かったため、人々は彼のことを「禿頂馬」と呼んだ。馬が禿げているというのはつまり、鬃(たてがみ)が無い、ということである。「鬃(zōng たてがみ)」と「蹤(zōng 足どり)」は音が同じであり、つまり、彼のはっきりとせずに、ゆらゆらと炎がゆらぐように物事をはぐらかし、足どりを掴むことができないさまと掛けたのである。


 ある日、彼は父と共に夜道を進んでいたところ迷ってしまった。少し離れたところに、数人が車座になって座っているのが朧げに見えた。呼びかけて、どちらに向かうべきかを尋ねると、皆は揃って「北に向かえ。」と答えた。

 その通りに行くと深い泥沼にはまってしまった。さらに遠くに呼びかけて、どちらに行けばいいか問うと、皆揃って答えた。「東に回れ。」

 いくらも行かないうちに、ほとんど頭のてっぺんまで埋まってしまった。泥に足をとられてもがき、抜け出せないでいると、数人が手を叩いて笑っている声が聞こえた。

「禿項馬よ。おまえは今、妄語が人を誤らせるということを身をもって知ったんじゃないか?」

 それは耳のすぐそばで聞こえたが、姿形は見えなかった。そこでようやく、幽鬼に騙されたのだということがわかったのだった。

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