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閲微草堂筆記(263)善行

巻六 善行
 辛卯の年の春、私はウルムチから帰ることになった。バルクル(現在の新疆ウイグル自治区の東端。)に至ったところで、老僕の咸寧は、深い霧の中、鞍の上で居眠りをしてしまい、皆とはぐれてしまった。
 さらに誤って、野馬の蹄の痕に従い山奥深くに入り込み、迷って山から出られなくなってしまった。咸寧はもう生きては戻れまいと観念したという。

 ふと見れば、崖の下に屍が一体横たわっていた。どうやらその屍は流人で逃げ出してはきたが凍死してしまった者のようで、背にくくりつけてあった布嚢には餱(ほしいい)が入っていた。咸寧はそれを拝借して飢えをしのぎ、礼拝して言った。

「私はあなたの骨を埋葬いたします。あなたに霊験がおありなら、私の馬を導いてくださいませ。」

 そしてその屍を岩の洞の中に移すと、大小さまざまな石を組んでその入口をしっかりと塞いだ。

 その後、咸寧は惘惘としながらも馬の行く先を信じて進んだ。十日あまり過ぎたところで、唐突に道が現れた。山を抜けると、そこはハミ(現在の新疆ウイグル自治区東部)の境であった。

 ハミの遊撃(武官)である徐君は、ウルムチにいた時からの旧知の間柄であった。そこで咸寧は徐君の官署に身を寄せて私を待った。

 そこから遅れること二日、私はようやく到着した。互いに顔を合わせたが、まるで世を隔てたかのような心持であった。

 これは、はたして幽鬼に霊験があって、彼を山から導き出してくれたものであったのか、真相はわからない。あるいは鬼神がその一念の善行を以てして、彼に手を差し伸べ山から出してくれたのかもしれない。そもそも、偶然の僥倖で出ることができただけかもしれない。

 徐君は言った。

「私はこれを鬼神のおかげであるとするよりは、亡骸を埋葬してやった者に対する奨励であると思いたい。」

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