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閲微草堂筆記(183)緑雲

巻十七 緑雲
 母方のおじである安公五占は、県の東にある留福莊に住んでいた。その隣の家で飼っていた二匹の犬が、ある晩、急に激しく吠え立て始めた。隣の家の婦人が外に出てみるが誰一人いない。しかし屋根の上から何者かの声が降ってきた。

「お主の家の犬はなんと獰猛なのだ、私が下に降りれぬではないか。私の家から逃げた下女がお主の家の竈の中に隠れているのだ。手数をかけるが、煙で燻してくれればきっと自分から出てくるだろう。」

 婦人はおおいに驚き、家に入って竈の中をのぞいてみると、はたして、しくしくと泣き声が聞こえる。

「あなたは何者で、どうしてこんなところにいるの?」

と問えば、竈の中から小さな声が答えた。

「私の名は緑雲と申しまして、狐の家の下女でございます。鞭打たれることに耐えきれず、こちらに逃げて隠れているのです。願わくば、ほんのわずかでも生きながらえたいと思っております。どうか、この哀れな小娘にお慈悲を。」

 婦人は長年仏教を信仰していたため、この下女のことをすこぶる憐れみ、屋根を振り仰いで言った。

「彼女はとても怖がっていて出てきません。私も正直なところ、火責めにするのは忍びなく思っています。大罪を犯したわけではないのなら、仙家さま(里俗では狐のことを仙家と呼ぶ)におかれましては、どうか彼女をお許しいただけないでしょうか?」

 屋根の上の声は答えた。

「私は二千銭でそやつを新しく買ったばかりなのだ。それをどうしてすぐに手放すことができよう?」

 婦人は言った。

「私が二千銭を出して贖えば、それでよろしゅうございますか?」

 しばしの間があり、答えが返ってきた。

「そういうことなら、よかろう。」

 婦人が二千銭を屋根の上へ投げ上げると、声はもう聞こえなくなった。婦人は竈をこつこつと叩いて声をかけた。

「緑雲や、出ておいで。私が代わりにお金を出してお前を買ったから、お前の主人はもういなくなったよ。」

 竈の中の声が答えた。

「命をお救いいただいたこと、心より感謝いたします。今からは奥様にお仕えしたく存じます。」

 婦人は答えた。

「どうやって人間が狐を下女にできるというの?ほら、行きなさいな。娘が驚くといけないから、姿を現さないよう気を付けてね。」

 はたして、何か黒いものがちらりと見えたが、そのままいなくなった。
 そののち、毎年元旦になると窓の外から声が聞こえるようになったという。

「緑雲がご挨拶に参りました!」

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