<不在の感覚>が消えるまでー土岐友浩『Bootleg』『僕は行くよ』を読む 貝澤駿一

2015年発表の土岐友浩『Bootleg』を数年ぶりに読み返す。もちろん、土岐の第二歌集『僕は行くよ』の情報が入ってきたからだ。改めて『Bootleg』を読むと、この数年の間に自分の中に出来上がってきた定型や韻律の感覚が、この歌集のそれとは相いれないものになっていることに気が付いた。

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クスノキが風に吹かれて揺れているここで待ち合わせをしたくなる

カーテンには鳥の刺繡が施され見えるということは隠すこと

一首目は「ここで待ち合わ/せをしたくなる」、二首目は「見えるというこ/とは隠すこと」と区切ると定型に収まっている。このような四句・結句の句またがりの処理を、今の僕はなるべく避けるべきだと思っている。こうした韻律のゆるみは口語の作歌にひとつのパターンを与えており、当時は新鮮に映ったかもしれないが現在ではやや食傷気味のような気がするのだ。笹井宏之のような会話体ではなく、文章語としての形を保ってはいる。しかし定型に収めようとする力学よりも、より自然に「口から出る」言葉で歌を作り上げていくという力学が働いている。その結果としてこのような句またがりが生まれるのかもしれない。こうした手法は近江瞬『飛び散れ、水たち』など最近の歌集にも引き継がれているように思うが、その先駆けとなったのは『Bootleg』で土岐が試みたこの口語文体ではなかったか。

だが、土岐が『Bootleg』の文体で確立したことにはもう一つの側面があると思う。それは、東直子が「あとがき」で触れている、土岐の歌に特徴的なある<不在の感覚>である。東は、「空白について考えようとしてそのひとが立つ窓辺を思う」「そのひとは五月生まれで了解を<りょ>と略したメールをくれる」といった歌を挙げて、<気持ちや表情などではなく、風景として「そのひと」のことが浮かぶ><本人不在の場所でその人のことを強く思っている>と指摘している。言い換えれば、誰かがそこに<いる>ことではなく<いない>ことを詠むことで、逆説的にその誰かへの思慕や特別な思いが表現されるということだろう。つまるところ、平成以降の若者はずっとこの<不在の感覚>の中を生きていて、そうした誰かの、あるいは自分自身の<不在>を思うときに詩は開かれるのかもしれない。土岐の作品が受け入れられたのも、さまざまな<不在の感覚>を拾い上げつつその空洞に丁寧に水を注いでいくような温かさがあったからだと、僕は理解している。

さて、ここでようやく「文体」の話とつながるが、『Bootleg』における句またがりによる結句の処理は、実はこの<不在の感覚>と大きく結びついているのではないかと思う。『Bootleg』全体は極めて律義に定型を守っている歌集だと思うのだが、時々ふっと気の抜けたような韻律の歌が現れるのだ。

人びとが代わるがわるに手を伸ばし橋から突き落とされたひかり

玄関のはるか遠くにあるというウラジオストックのうすあかり

手のひらを風にかざしているようにさびしさはぶつかってくるもの

ゆっくりと時は流れているけれど何もできそうにない雨の日

ここに引用した歌もまた、この歌集を詠んだ当時の印象はともかく、今の僕の目線では結句の処理が「無理気味」であり、できる限り避けたほうがいいのではという意見は変わらない。確かに指折り数えれば短歌の音数に入っているのだが、どこか一音、巧妙に<足りない>という印象なのである。しかし、その一音の足りなさによって、声に出したときに、世界がふっと目の前から消えてしまうような感覚がある。そしてその浮遊したような感覚が、ある世界における何かの<不在>につながっているというのは考えすぎだろうか。あるいは<不在>は韻律のゆるみによって読者と共有され、そこに詩としての広がりを与えているのかもしれない。がちがちに詰め込まれたリュックにはもう何も入らないが、<不在の感覚>が入ったリュックにはまだ詩情を詰め込む余裕があるともいえるだろうか。

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土岐の第二歌集『僕は行くよ』では、『Bootleg』に見られた<不在の感覚>はある程度作者の実像に昇華されているように思う。つまり、この第二歌集は作者の像がよりくっきりとみられる堅実な歌集になったといえる。それは例えば歌集後半、「短歌研究」の「平成じぶん歌」寄稿の「落下するヒポカンパス」のように過去を現在の視点で振り返る連作が挿入されたことによって、匿名の、不在の風景ではなく自分の実像を歌うという方向がこの歌集に見られたからかもしれない。

あ、僕とおなじ十四歳だって 夜のフェンスの奥の紫陽花(※詞書に「1997年6月28日 少年A逮捕)

もう少しここにいたくて六月の雨のしずくを見送っている(※詞書に「『絶歌』(元少年A)は読んでいない」)

母を亡くし父を亡くして平成は震える花をのせていく舟

平成という時代に「僕」という一人の人間がいたことを、この一連では力強く歌い上げている。<不在>よりも<存在>がクローズアップされるのは、同い年の「少年A」という<存在>の影も影響しているからだろう。一連の最後は母と父の<不在>と平成の退場を重ね合わせているように思うが、両親も平成という時代も、さっきまでそこにあったからこそ、その<不在>を強く感じるのではないだろうか。

『僕は行くよ』では、『Bootleg』のような結句の処理はほとんど見られないか、あっても目立たないようになった。これは作者の技術の向上ももちろんあるだろうけれど、人生のあるステージとして<不在>ではなく<存在>を詠む方向へ進んでいったということが大きいのだと思う。少し古い考えなのかもしれないが、<存在>こそが詩の世界で輝きを放つということを、僕は今も昔もずっと信じている。

2021.2.6 gekoの会 貝澤駿一


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