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細い手の内

月刊芸人をご愛読の皆様、お立ち寄りいただきありがとうございます。
ピン芸人の真輝志と申します。

突然ですが僕は物事を考えすぎだとか、人間に向いていないと言われることが多々あります。
不本意ではありますが、僕をよく知る人間の共通した評価なので渋々受け取ってはおります。

今回はそんな僕が生きていく上で、誰にも伝えることなく細々と実践している手の内を明かしたいと思います。
お付き合いいただければ幸いです。

僕は髪を切ったことがほとんどない。
とはいえ今の髪型が特別ロングに仕上がっているわけでもない。
今回はそんな矛盾を成立させる手の内。

「髪切った?」

皆さんはこの質問を受けた時、どのような思いに至るだろうか。
一般的には変化に気づいてくれて嬉しい、そういったプラスのものがほとんどだと聞く。
変化に気づけた側の人間も、好印象を受けることが多いだろう。

僕はこれに全く共感できない。
もちろん、人の考えを否定するつもりはないし、変化に気づける人間への憧れもある。
ただ僕は髪を切ったか聞かれると「今の自分で100点の状態か」と確認されている気分になるのだ。
相手に悪意がないのは百も承知だが「髪を切ったばかり」=「自分で要求した最高の髪型でいま凛としている」という図式になるのではと勘繰ってしまう。
それを認めるなんて、恥ずかしいをおかずに恐ろしいを食べるようなものだ。

僕は身だしなみに関して大変疎く、二十歳まで地元の床屋に通い「短めで」以上の要求をしたことがない。
そんな僕を気にかけて、先輩が美容室を紹介してくださったときも、カットの際に差し出された雑誌を見て「これは有料ですか?」と質問するほど不慣れだった。
人見知りで友人の少なかったこともあり、見た目に関する自意識が大遅刻していたのだ。
そこまで遅れるならいっそのこと家で寝込めばいいものを、二十歳を超えてようやく出席しだしたのだからタチが悪い。
実力もないのに周りの目は気にする。
散髪後はいつも例の質問をぶつけられやしないかとスリリングな日々を送っていた。

しかし、僕もやられっぱなしではない。
ある必殺技を発見したことによって戦況は一変する。
威力は抜群な上に使用方法は簡単、面倒なコマンド入力は一切必要ない。
このカードを使うだけで大抵の敵は撃破できた。

「切ってないで」

嘘をつくのだ。
僕はこれまで説明した性格上、大きく髪型を変えることがない。
よって髪を切っていないと言い張れば、大体の人間は勘違いだったかと退いてくれる。
それでも疑ってくる強者には「うわ、寝癖かな」や「ワックスつけてないからかも」の追撃も有効だ。
深追いする者はほとんどいない。
何故ならこんな嘘をつく意味がわからないし、そもそもそこまで興味を持っていないからだ。
追撃の「ワックスつけてないからかも」もなかなか憎い。
一見「ワックスつけてるから」でもいいように思えるが、それだと自分がある程度仕上がった状態だと告白することになってしまう。
小さなテクニックの積み重ねが勝利を手繰り寄せるのだ。
この必殺技は「それ新しい服?」にも「前から着てるで」と応用できる。
同志には是非使っていただきたい。

上記を読んで、そこまでするなんて気持ち悪い、自意識過剰だと思う人もいるだろう。
大丈夫、安心してほしい。
本当は必殺技なんて使わない。
髪を切っただの小さなことで気にするはずがない。
だから僕に「髪切った?」と聞いて「切ってないで」と答えられても勘繰らないで結構だ。

そんな嘘をつくわけないのだから。

真輝志 プロフィール
NSC36期。
趣味は、B'z・バスケ・読書。特技は空気椅子。

真輝志 INFO

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著者:真輝志

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