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メルヘン宇宙~いろんな星のショートショート~ オフローズ・宮崎駿介

よしもと神保町漫才劇場所属 オフローズ・宮崎の連載第二回。
いろんな星で起こるお話を一回読み切りで展開していきます。
今回は、ある星で起こる大統領のお話です。

第二回『大統領の苦悩~なんか臭い星~』


この椅子に座ってはや八年。こんなにこの椅子の座り心地が悪かったことがあっただろうか。

私は一つ決心をした。

私が大統領になってから、今まで様々な困難と闘ってきた。内戦、干ばつ、疫病、金融危機。そのすべてを私と、私を支える部下たち、国民とで一つになってなんとか乗り越えてきた。

そのすべてが今回に比べたら矮小に見える。

「大統領、演説まであと五分です」
「わかった」

私の優秀な部下の一人、マイケル。彼はいつも私が公の場で発言する際に予め大統領として相応しい発言や、想定されるあらゆる質問に対する答えをリサーチし、原稿にまとめてくれる。
今日も私の目の前には非の打ち所のない完璧な原稿が用意され、原稿を見ずともスラスラと話せるくらいには私の頭にも入っている。思えば私も成長したものだ。
もともと少し大きな会社の一社長でしかなかった私が少しでも良い世の中になればと政治家になり一意専心やってきた結果、こうしてこの国の大統領にまでなってしまった。
今、原稿を握る私の手は初めてそれを握ったときのように震えている。

今日この原稿は必要ない。

「大統領、そろそろご移動をお願いします」
「……マイケル、そのまえに一本電話をかけさせてくれないか?」

マイケルは一瞬戸惑ったがすぐに微笑とともに電話の受話器を取って渡してくれた。電話をかける相手は妻だ。一人で決心したのにも関わらず、最後に妻の声が聞きたくなってしまった。

「……もしもし」
「……わたしだ」
「もう演説の時間じゃないんですか?テレビも生中継であなたを待ってますよ。なにかあったんですか?」
「……いや、なんでもない。そうだ。私たちの初めてのデートを覚えているかい?」
「どうしたんですか急に?もちろん覚えていますよ。白鳥のボートに乗れる大きな公園です」
「そうだったな」
「あなた、白鳥のボートが汚れて茶色くなってるからって怒って乗らなかったでしょ」
「そうだったか」
「そうですよ。まさかこんな人が大統領にまでなるなんて思いもしませんでしたよ」
「本当だ。世の中分からないものだ」

やっぱりやめてしまおうか……いや、私がしなければならない。他のだれかがやるのを待ってはいけない。私が……言わなければならない。

「少しおまえの声が聞きたくなっただけだ。もう切るよ」
「……変な人。演説がんばってくださいね。テレビで見てますからね」
「……じゃあ」

震える手で電話を切ると私は立ち上がった。そして私が歩き出すと私の前の扉が次々と開けられていく。マイケルは私の隣で少し不安そうに歩いている。

これは私一人で決めたことだ。優秀な部下も愛する妻にも相談せずに決めたことだ。

最後の扉が開かれるとそこは大広場に開かれた大統領演説専用のバルコニーだ。
私はバルコニーに用意された壇上にあがる。大広場に集まった民衆は私の姿を見て、いつもの皆を鼓舞し励ます私の演説を期待して、大きな歓声をあげる。
私の人気もまだ健在らしい。バルコニーには無数のカメラが私を狙っている。

私のやることは間違っているかも知れない。しかし、私の正義がやれと言っている。私は大統領だ。

私は握った原稿を握りつぶし、マイクに向かって口を開いた。

「……あの」

私の声に民衆が反応する。私は拳を強く握ってマイクに向かう。

「あの……なんか臭くないですか?」

言った!言ったぞ!私は言ったんだ!

民衆は静まりかえった。後ろで待機する部下たち、マイケルも唖然としているのが背中で分かる。しかし、私は続けた。

「この星、なんか臭くないですか!子供のころからずっと思ってました!この星、なんか臭くないですか!」

テレビの前で妻はどんな顔をしているだろうか。想像したくない。しかし、私はこの星の大統領だ。

「ずっーとなんか臭かったです!内戦の最前線で塹壕の中で土煙にまみれてるときも!命の危険よりもずっと『なんか臭いな』って思ってました!周りの兵士が撃たれて、駆け寄って『大丈夫か!?』って言ってるときも『大丈夫か』が4、『なんか臭い』が6、の割合で思ってました!ごめんなさい!」

私に民衆の顔を伺う余裕などない。ここまで来たらすべてが終わるまで顔を下げることはできない。

「妻とはじめてキスしたときも!生まれたての息子を抱いたときも!部下と熱い抱擁を交わしたときも!私の思い出、ずっとなんか臭かったです!」

喉から血の味がする。マイクの音が割れようが私は力の限り叫んだ。

「耳鼻科にも行きました!鼻になんか異常ないですか?って!異常なかったです!やっぱりこの星、なんか臭いです!」

興奮でもう自分の声も聞こえない。涙で前も見えない。なんか臭い。

「皆さんもなんか臭くないですか!?今まで誰にも聞けなかったんですが、今聞きます!皆さんはなんか臭くないですか!?もうやめませんか!なんか臭いのに真面目な顔で話合ったり!なんか臭いのに人を騙したり!なんか臭いのに殺し合いしたり!もうやめませんか!ずっとなんか臭いんですよ!なんか臭いと思う人、手あげてください!」

私は言ったんだ!
これが大統領として最後の演説になろうとも。
少し興奮が収まると民衆のざわめきが聞こえてくる。目を擦ると民衆のどよめきが見える。そしてなんか臭い。

民衆の塊の中で一つの小さな手があがる。
父親に肩車された少女が上から手を引っ張られているかのように高々と右手をあげている。
民衆はそれを見てさらに動揺していた。
私はもう満足だった。一人の少女が手をあげてくれただけで満足だった。大統領はこれでおしまいだ。私は静かに壇上を降りた。
するとすぐ後ろに控えていた部下たちがきれいに全員手をあげている。マイケルは片手を上にもう一方の手で鼻を押さえながら泣いている。

彼らも思っていたのだ。なんか臭い、と。

大広場から大きな歓声が聞こえる。しばらくすると意味を持たなかった歓声が次第に一つのシュプレヒコールとなっていく。
「なんか臭い!」
そう民衆は言っている。
あわてて壇上に上がって見ると、大広場中の人間が片手をあげて「なんか臭い!なんか臭い!」と叫んでいる。
私の頬を止まったはずの涙が流れた。

やっぱりなんか臭かったんだ。

よかった。

やっぱりなんか臭かったんだ。


私は民衆に手をふり、握りつぶした原稿を開き、鼻をつまみながら演説をはじめた。


挿絵②

■オフローズ
2016年結成。カンノコレクション、宮崎駿介、明賀愛貴のトリオ

著者/オフローズ・宮崎駿介
絵/オフローズ・明賀愛貴

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