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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『その男は』

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 その男の頭を覗くことは容易でない。何せそれは空洞で冷え込む鍾乳洞のような造りになっている。仄暗い中を歩けども何人にも会わない夜道のような頭を持ち合わせている。
 ただ一つ男が執着するのは女だ。それもただの女では物足りないと弁を振るう。乳房の大きさに関してだけは他に譲らない。それが例え血を分けた兄弟であろうとも、目の前に大きな二房が在って吸えるとなったならば迷いなく斬りつける。そういう男なのだ。
 かつて男は山の様な女子を抱いた話をした。勝ち戦の武勇伝とでも言いたげな、しかしどうしてその話はどこか悲哀を帯びていた。無理もない、大きさを求めたその先には事が終わった後に真冬だというのに女子は暑いと言って窓を開けたらしい。凍えて身を削ってまでも、その己が命の灯火に強く息を吹きかけてでも男は追いかけた。目を見ると分かった。傾奇者と揶揄されてまでも男は馬から降りようとしなかった。
 ある晩のこと、男はいつもの狩に出掛けた。何も当てもなく探している訳ではない。それは男にとっては至極、当たり前だ。息をするように、飯を食うように、この世に生まれ落ち朽ちていくその様々に重なるよう男は小高い丘の上から狙い澄ましていた。
 この顔を見て、あなたはどうお思いだろう。男の顔は曇っているだろうか。本当にそれは空洞か。否、しかと見てほしい。今の男の頭の中にはまた新しい二房が揺れている。木々に実ったそれに手を伸ばそうとするその顔の、何と青々しいことか。
 筆者はそれに、空を覚えた。


「写真小説」を終えて一

 一年間、写真小説を手に取っていただいて感謝しかない。この場を借りて感謝を伝えたい。まさかこれだけの長い間、書かせてもらえるとは思っていなかった。
最後が決まった折、何を書こうかと筆を置いて私は旅に出た。作家を始めて何年が経ったか、そのような経験は初めてで戸惑った。だがしかし確信があったのだ。旅先で触れた何かが、その写真小説の最後を飾るには何が良いのかを報せてくれると。
 詳しい場所を載せるのは憚るが、それは綺麗な景色だった。筆者は大阪に家を持つが、どうして同じ空がこうも違って見えるのだろう。一人の書き手として、この青さをどう言葉にするか。宿に戻って風呂に浸かり、ただ呆けてみた。頭の中を空にして、あの青さを。
 ふと一枚の写真を思い出した。皆が見てくれたあの写真である。昼に見たあの空と重なって私は涙した。写真小説とはこの青さを書かせてもらう為に向けられたものだったと。でなければ説明がつかないだろう。
 いくつもの連載を終えてきた。書いている間は締め切りに終われて他は手につかない有様だった。妻の支えが、娘の声が無ければとっくの昔に終えていただろう。
 担当の編集者がお疲れ様と最後の写真を額に入れて我が家を訪れた。それを見て私は改めて終わったのだと肩の荷が降りたつもりだった。だが居間に飾られたあの写真を見て娘が言った。
「この青さを言葉にして書けるだなんて、不思議だわ」
 今、目の前に同じ写真と原稿用紙が並んだとする。きっと、いや絶対に同じ青は書けないだろう。あの日、あの場所で見たあの青さなのだ。今見てもそれは青いのか灰色なのかも分からない。だがまたきっと、私はこの写真を見てまた別の青を書くだろう。
 どうしてか。それだけ、青いからだ。

■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/一般の方から

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