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メルヘン宇宙~いろんな星のショートショート~ オフローズ・宮崎駿介

よしもと神保町漫才劇場所属 オフローズ・宮崎の新しい連載が開始!
いろんな星で起こるお話を一回読み切りで展開していきます。

第一回「ランチの女王~太陽3つの星~」


その星には太陽が3つあります。
3つが3つとも燦々で大変あっつい星です。
たくさんある星の中でも一番ランチのおいしい星です。


この星には太陽が3つあるのでランチタイムも三回あります。人間、太陽が真上に上がったらランチタイム、これは人間です。
三度のランチタイムにみんながみんな押し寄せるレストランがありました。そのレストランのランチは~とんかつ定食、回鍋肉定食、刺身定食、ハンバーグ定食、カレーなどなど~この星一番の評判で常に長蛇の列ができています。
その店の店長兼料理人の女主人はいつもキリキリ働き、ニコニコ笑い、パリパリ怒り、その立派な体格も相まってみんなからランチの女王と呼ばれていました。

ある日、この星一番の評判を聞いて一人の旅人がレストランを訪れました。
旅人はレストランで一番人気のとんかつ定食を食べ終わると、ランチタイムがちょうど終わった時間でもあったので、なにか交流を、と片付けをしていたランチの女王に話かけました。

「あの、この星には夜はないんですか?」

ランチの女王はお皿を洗う手を止めて聞きました。

「はじめて聞いた。夜ってのはなんだい?」

旅人は無知な人間に得意になり。

「えー夜っていうのはね……朝の後に昼が来て、昼の後にくるのが……夜ですよ」
……パリーン。それを聞いたランチの女王はお皿を荒々しく割り洗いはじめました。
「朝の次に昼が来て」
パリーン
「昼の次に朝が来て」
パリーン
「朝の次に昼が来る」
パリーン
「あんたはワタシを馬鹿にしている」
パリパリーン
旅人はびっくりして。
「夜っていうのは本当にありますよ。暮れない昼はないんだから」
「じゃあその夜っていうのは」
パリーン
「なんのためにあって」
パリーン
「痛い。一体なんなんだい?」
「夜っていっても……夜っていってもいろいろあります。酒を飲む夜、寝る夜、踊る夜、話す夜、その中でも僕が一番好きなのは……よに」
「あんたが言ってることはよくわからないけど……」

いつのまにかランチの女王は指をタオルで押さえながら、旅人の目の前に立っていました。

「あんたの話す顔を見ればわかる。夜っていうのはそうとう良いものなんだね」
鼻でふんふん息をするランチの女王に旅人はただ肯きました。
「夜っていうのはどうやったら来るんだい?」
旅人は腰の財布に手を伸ばしながら、
「夜っていうのは……そうですね。まず太陽が見えない」
「太陽が見えない、ほかには」
「夜っていうのは……仕事をがんばった後に来る」
「仕事をがんばった後、なるほど、ははは、ほかは」
「夜っていうのは……」

旅人は財布から一番安い紙幣を机に投げ置き店から飛んで出て行きました。

その日を境にランチの女王は夜に憧れ、【夜】を到来させることに夢中になりました。
旅人から聞いた少ない情報で考えに考えてランチの女王がたどり着いた答えは、お盆でした。
お客がランチを食べたあとのお盆、ランチの女王の働いた証であるこのお盆を太陽が見えなくなるほど積み重ねることが出来たのならランチの女王の【夜】がやってくる、ランチの女王はそう思い至りました。

ランチの女王はさっそく店の横の空き地に使い終わったお盆を積み重ねはじめました。お盆は普通に薄いため、なかなか太陽に届きません。
それでもランチの女王はいつも以上にキリキリ働き、ニコニコ笑い、パリパリ怒り、働き続けました。
店の横に積み上げられたお盆を見たお客の一人が聞きました。

「あのお盆はなんだい」

ランチの女王はお客である穴掘りの男に胸を張って言いました。

「あのお盆はね、ワタシの【夜】なんだよ」

穴掘りの男が首を傾げたのでランチの女王は男にもわかるように説明してあげました。

「おれの【夜】も来るかな?」
「来るとも。暮れない昼はないからね」

その日から穴掘りの男も自分の家の横の空き地に穴から出た土を積み上げはじめました。

ランチの女王のレストランにはこの星のあらゆる人間~星の王様、星一番の大商人、星で一番上手い歌手、などなど~がやってきます。
みんながみんな、「お盆はなんだ」ではじまり「我が輩にも」「ワシにも」「私にも」で終わり、積み上げて【夜】を作ることがこの星のトレンドとなりました。

王様は民からの献上品を積み重ねはじめました。
商人は儲けた紙幣を積み重ねはじめました。
歌手は自分のレコードを積み重ねはじめました。
他の人も他の物を積み重ねはじめました。

最初に【夜】を完成させたのは星の王様でした。
王様の【夜】は、きらめく宝石、派手な刺繍の絨毯、三段あるシャンデリアで出来た豪華絢爛な【夜】でした。
王様は自慢したくて星中のみんなを【夜】に集めてパーティをしました。
王様の【夜】は昼より眩しく内心で辟易しながらも、みんなで初めての【夜】を過ごしました。
【夜】が明けたとき、王様は言いました。

「夜は素晴らしい」

王様の【夜】を過ごしたランチの女王は自分の【夜】が完成したらどんなものにするか考えはじめました。

次に【夜】を完成させたのは星一番の商人でした。
途中、商品の異常な値上がりや私財の投げ売りなどを経て完成した商人の【夜】には商人の取引相手だけが呼ばれました。
白昼堂々は売れない品物を買い付け、売り付け、商人の【夜】は明けていきました。【夜】が明けたとき、商人は言いました。

「昼10回分の商談が成立した。夜は素晴らしい」

商人の【夜】を聞いたランチの女王は商人を哀しく想うと同時に口の中が不味くなりました。

どんどん【夜】を完成させるみんなに続いてやっと星で一番上手い歌手の【夜】が完成しました。
歌手の【夜】は出入り自由で、中ではそこかしこで歌手の曲がかかり入った人は、はじめはポップに、次第にジャズに、仕舞いにロックに、帰りはバラードになりました。【夜】が明けたとき、歌手は言いました。

「あー楽しかった。夜って素晴らしい」

歌手の【夜】を肌で感じたランチの女王は頭痛薬を飲み、積み上がったお盆を眺めました。

自分の【夜】を持つ人が多数派になってとうとうランチの女王の【夜】が完成しました。
ランチの女王の【夜】は良い匂いのする【夜】でした。
普段のランチでは作れないボリュームの無い、品のある料理を並べ、みんなを呼んでディナーを楽しみました。
ランチの女王の【夜】は評判もよく、本人も大満足で明けていきました。

……とはなりませんでした。自分の【夜】を持つ人が多数派になっても、ランチの女王の【夜】は完成しませんでした。
ランチの女王は自分の【夜】の到来にまったくビビってしまいました。
他の人の【夜】を見てきたランチの女王はどの【夜】もその人の醜い部分をぎゅっと圧縮した塊に見えてしまい、自分の【夜】に自信がなくなりました。

それからランチの女王は働くのが嫌になりました。ランチの女王は、レストランに来た客がみんな積み上がったお盆を見て「もうすぐ完成しそうだね」「楽しみだ」「素晴らしい夜になりそうだ」と期待のまなざしをランチの女王に向けるのが嫌でした。
誰がどう見ても【夜】が完成している高さ以上に積み上げられたお盆を見るのも嫌でした。
ついにランチの女王以外の星のみんなの【夜】が完成しました。
ランチの女王の【夜】への期待は星中で膨らみ、週刊『夜』の編集長が取材に来たりしました。

ランチの女王は店を閉めました。
ランチの女王はいらだちました。どうしてこんなことになったのか、なんでこんな目に遭わないといけないのか、夜なんて知らなければこんなことにはならなかった。次あったら例の旅人をぶん殴ろう、とランチの女王は心に決めました。

ランチの女王は星のボクシングジムに通い始めました。
ミットを打っているときだけランチの女王は無心になれました。
周りの人の【夜】の誘いも断ってミットを打ち続けました。
ジムのトレーナーからプロ試験を勧められているときにふとジムの大通りに面した大きな窓に見覚えのある顔が見えました。しつこく勧めてくるトレーナーを右アッパーでノックアウトし、ランチの女王は大通りに出てさっき見た顔を探しました。ランチの女王は彼がどんな【夜】を完成させたのか知りたくて堪りませんでした。

穴掘りの男の【夜】は誰も知らないまま明けていきました。

挿絵


オフローズ
2016年結成。カンノコレクション、宮崎駿介、明賀愛貴のトリオ

著者/オフローズ・宮崎駿介
絵/オフローズ・明賀愛貴


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