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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『うしろのしょうめん』

名称未設定のデザイン (1)


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私も随分と長いですからね。こういう家業をやってると、ありがたいことに津々浦々と呼んでもらうんですがね。
あれも何年か前の夏、大きな会場で話をさせてもらって。物好きな人って居るもんだ。こんな話を聴きに大勢の方がいらっしゃった。
「どうです、一杯」
仕事の終わりにお声がけいただくこともままあるんですがね。私は静かに呑みたいんだが、どうもそうはいかない。引き寄せられるんですかね。
「面白いところがあるんだ」
なんて軽口を叩かれる。私に言うぐらいだから、よっぽどの曰くが付いてんだろうと。

大阪の繁華街、まぁ仮にNとしときましょうか。随分と賑わってましてね。さすが都会だと私はきょろきょろと辺りを見渡していたんです。
「ここですよ」って案内された建物がね、まぁどう見ても古いんだ。Mって名前のビルなんですがね、入り口に大きな螺旋階段があってそれを上がっていく。今思うと不思議なんですが、滝の様に循環してる水場があって、上からダダーッと流れ続けてる。それが入り口。前にも話した通り、良くないんだ。水の周りってのは。入る前からどんよりとした嫌な空気がある。
「あんまり宜しくないですね」
私が伝えると、案内した人は嬉しそうに足を進める。

今の人には馴染みが無いかもしれませんがね、そこはレジャービルって呼ばれる建物でね。だだっ広い宴会場やなんかがあって、そこでもってしてコンパニオンのお姉さんなんかがお酌をして周るような所で。一昔前は流行ったんです。
今は居抜きの物件、呑み屋が立ち並ぶ。螺旋階段を上がると奥の方までずーっと店がひしめき合ってる。教えてもらった店へ入って冷たいビールをクッと呑んだところで、その店のマスターが話すんだ。
「よく来てくれましたね。やっぱり大阪に来たんならここに寄らないと」
そういうマスターを見て、またそれを聞いてキョトンとしている私を見てみんなが笑うんだ。

話を聞かせてもらうとね。その店ってのは随分と狭いバーなんですが、元はレジャービルの踊り子さん達の楽屋だって言うんですよ。
言われてみれば天井だってそう高くないし、奥行きは妙に広いんだが横幅が無い。他の店もみんな同じ造りだと。
その楽屋で、死人が出たって言うんです。

昔は年功序列ですから、早くに入ったお姉さん方が幅を利かせていたんだそうです。若い子達は楽屋の隅の方に追いやられて化粧や身支度をしていた。
ある時、また随分と若い女の子が店に入って。その子が流行りの女優に似ていたとかで囃されたそうなんだ。
当人は良くても姉さん方が黙っちゃいない。毎日毎日まぁよく思いつくもんだって嫌がらせをする。それでも彼女、嫌な顔一つせず仕事をしている。訳を聞いたらば田舎に母親を残して来てる。出稼ぎでもって床に臥せた親に仕送りをする、その一心でどんな嫌ごとも耐えられた。
堪えないのがまた気に入らないってんで、嫌がらせも酷くなっていく。

ある晩、出番が終わってみんなが帰り支度を始めて。休みなく働いていた彼女がうっつらうっつらしている。
「ここで休んでいきな」
普段は厳しい物言いをする姉さんの心遣いに嬉しくなって、言葉に甘えて横になった途端に寝息を立てた。疲れてたんでしょうね。その顔を見ながら姉さん方、煙草を吸い始めた。煙が立ち込める中、ロクに火の始末もしないで楽屋を後にした。しばらく立って彼女が目を覚ますと衣装や畳に火の手が延びている。急いで出口へと走るんだが扉がどうしたって開かない。建て付けが悪くて開けるには一つコツがいるんですが動転していつまで経ってもドアが開かない。煙に気付いた近くの店の人間が消防を呼んで、駆けつけた時には大火傷を負って倒れていたそうで。

病院に運ばれてからも、ずーっと母親の心配をしている。手前のことなんて気にしちゃいない、毎晩泣きながら母親を呼んでいる。
気を咎めた姉さん達が、それから一週間が経った頃に見舞いへやって来た。
あの綺麗な顔なんか包帯で見えやしない。何てことをしてしまったんだと謝りたいと思った時。
「か、ごめ、かごめ」
彼女が歌うんだ。
「籠の中の鳥は、いついつ出やる。夜明けの晩に、鶴と亀が滑った。後ろの正面、だーれ」
今にも消え入りそうな小さな声で歌ってる。看護婦に聞いたらもう暫くこの状態だ、子供の頃を思い出しているんだろうと。

仕事があるってんで、姉さんも病院からビルへと戻った。仕事が終わったんで帰り支度をする。その日はどういうわけかみんな早くに帰ってしまう。楽屋を出て廊下を歩いていると、例の部屋の前で止まる。黒く煤けた扉があって立ち入り禁止と貼ってある。頭の中で昼に聞いたかごめの歌がふっと流れる。寒気がしたんで振り返ったんだ。

ここまで話したところでマスターが話を止めた。どうなったんだって聞くと下を向いている。
「信じないと思いますがね」
そう言って話を続けると、前にもこの店で同じ話を、若い女の子二人にしたんだそうで。この話を聞いて随分と面白がった。
帰りに一人が酔っ払って廊下を歩いていると気付いた。この並びは朝方まで開けている店が隣り合わせでひしめき合っているってのに、一軒だけ閉まってる。もう遅いからってんじゃなく、どうもその扉の区画だけ営業していないんだ。
例の楽屋があったんじゃないかと二人がはしゃいで、一人がかごめ歌を口にした。
そいで出口へと向かうと連れが付いて来やしない。どうしたのって降り向こうとすると
「駄目っ!」
大声で止められた。先を歩いていた女の子が怖くなって名前を呼ぶが彼女の返事はない。ただ何度も振り返るな! 振り返っては駄目! その一点張り。
怖くなって逃げだそうにも足がすくんで動けない。すると後ろから彼女のうめき声がする。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
何かが軋むような音が廊下に響いてる。
暫くすると音が止んで、彼女が倒れている。駆け寄ると、顔が明後日の方を向いてる。

病院に運ばれた時には息が無くてね。その捻れた首を診た医者が言うんだ。
何をどうやったってこうはならない。考えられるとすると大きな人が彼女の頭を掴んでゆっくりと捻ったようだ、って。

「随分と涼んだんじゃないですか」
言われてグラスに目をやると、ビールの気がとっくに抜けていた。
「よく出来た話でしょ」って言われて肩の力が抜けるのが分かった。玄人の私がこれだけ怖がったんだから大したもんだと、案内した人が喜んでその日はお開き。
外に出ると少し日が出ていた。店を後にして廊下を歩いているとね。
あるんですよ。
ぽつんと一軒だけ、営業していない店が。

■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/一般の方から


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