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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『2021』

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 打ち合わせで若いスタッフが質問した。 
「今までで一番、辛かったことは」
 挙げればキリが無い、話すと長くなる。随分と俺も歳を取った。
「コロナの頃かな」
 そう答えるとスタッフは携帯で年代を調べていた。教科書でしか耳にしていないのだから仕方がない。我々でいう爺さん連中が戦争の話をするようなもんだろう。遠い遠い昔の話だ。当時は仕事が無かったこと、辞めようと思っていたこと。
コンビ時代を思い出すと止まらなくなる。
「河野さん、知ってます」
 彼は嬉しそうに言った。お父さんが好きだったらしい。聞けば同い年だと分かり上手く笑えなかった。
 夕方、カミさんが迎えにやって来た。車に乗り込んで火をつけようとした途端、 禁煙のステッカーをトントンと指で鳴らして見せた。俺が買った車だと言うと免許が無いことを人質に取られた。
  信号待ちで窓から見える人を眺めて彼女が言う。
「マスク多いね」
「冬やからな」
「コロナの頃みたい」
「コロナの頃なぁ」
 目を丸くしてこちらを見ている。つまらない洒落を言ったと思ったらしい。
「プロなんだからちゃんとして」
 そう言って彼女はスーパーの駐車場に入って行った。
 野菜、鮮魚、精肉と周る間に打ち合わせの話をした。久しぶりに河野が話題に上がって嬉しかったことも話した。
「お線香、上げに行きましょう」
と言われたが、まだ行けそうにない。
 彼の奥さんにも、息子さんにも
「もう来ないでほしい」
 と言われたあの時の顔が、今も忘れらない。毎月の現金書留も、全て返ってきてしまう。
 自宅に着いた頃には日が暮れていた。玄関に置かれたスーツケースに気付かず蹴飛ばしてしまい足を痛めた。何でこんな所に置いたんだと怒ると
「誰の遠征の準備をしたと思っている」
と迫られた。頭が上がらない。あの頃の彼女は何処へ行ってしまったのだろう。
寄生獣に乗っ取られたのかも知れない。(若い読者よ、すまん)
 夕飯を食べていると、彼女は僕の表情を伺っている。この後の予定が気になるようだ。向かい側に座りながらテーブルをパソコンのキーボードに見立て、難しい顔をしてタイピングの真似をする。どうやら僕のつもりらしい。こちらが深く頭を下げると笑いながら食器を流しに運んで寝室へと入って行った。
 書斎ではぼんやりとした灯りが僕の顔を照らす。書いている最中の本が尻尾を振ってこちらを見ている。カーソルを文末に持って行くと昨晩、頓挫した箇所を思い出してまた頭を抱える。デスク脇に置かれたギターに手を伸ばし、ほんの少し弾いたところでドアが開いた。コーヒーを手にした彼女が立っている。
「ごゆっくり、ギターヒーロー」
 紹介していなかったが、妻は嫌味の芥川賞を二度ほど受賞しているような女だ。
引き出しは多岐に渡り、人の神経を逆撫ですることに生き甲斐を感じている。因みにこの一連は隣で妻が僕の首を絞めながら書いている。
 あ、飽きたのか部屋に戻った。
 母がよく昔の話をした。父はあまり口数の多い人では無かったが、こちらが話すとよく笑っていた。こんな書き方をしているが二人ともピンピンしている。この間も大型の冷蔵庫をせびられたところだ。老夫婦に必要なサイズとは思えな かった。 
 2021年、暗いトンネルの中に居るようだと本気で思っていた。当時、所属 していた吉本興業の体制は本当に酷く給料はコロナが明けてからも戻ることは無かった。芸人からのデモ行為が過激化して本社があさま山荘のように鉄球で取り壊された時は不謹慎にも笑ってしまったぐらいだ。
 喉元を過ぎれば何とやらで、どっこい生きている。
 明日からはバンドのツアーで九州へ向かう。鎌田が宮崎に帰れるスケジュールにしてくれと言っていたがメンバー全員で無視した。
 来月には監督した映画が上映され、その翌月には小説の新作が刊行される。
 あの頃の僕は、今頃どうしているだろうか。こんな未来を想像しながら六畳ほどの部屋で屁をこいているだろう。安心しろ、そう遠くないぞ。

あとがき
 この度は短篇集をお買い上げいただきまして、ありがとうございますと本来なら挨拶をする場所ですと担当編集から伺いました。ありがとう。
 この頃には連載もなく穏やかな日々を過ごしておりました。
 当時、吉本興業さんが企画されていた「月刊芸人」と呼ばれるサイト上で掲載しておりました「写真小説」の幾つかも転載しております。最後の話もそのうちの一つです。
 勿論、当時は想像で書いておりました。半分以上が現実となった今、面白い半分で怖さも覚えております。
 河野の生き死にが外れてしまったことが悔しいです。
 先日、電話をしました。交流が未だに続いていることに周りは驚きますが、当人達は至って普通です。家族同士でバーベキューをする仲とまではいきませんが。
「あの何とかってAV女優はどうなった」
と訊くと向こう側で喚いておりました。身軽になった今、咎められることもないでしょうに。
改めまして、読んでくださってありがとう。
「野村日記」と並べると、こちらでちょうど50巻を迎えます。背表紙の絵に二回、洲崎が出てくるのはヤジロベーのパロディです。(若い読者よ、ググれ←これも死語か)
こんなオジさんですが、今後もどうぞご贔屓に。

■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/一般の方から


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