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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『断捨離』

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 「断捨離ってどう思う、俺は馬鹿だと思うね。物を捨てたって人は変わらない。 記憶まで捨てられないんだから。俺はそう思うね、うん」
 俺の買った石油ストーブで、なけなしの金を叩いた灯油で暖を取りながら貧乏ゆすりをしている。ネットニュースを読んだらしいが会話の中身はどうだっていい。こいつは相手の視線を外す為なら手段を厭わないのだ。サンドイッチのどちらを食べるか議題に上げる前にするりと玉子を口にした。俺はそんなお前をどうかと思うね、うん。   
 「何だ、出て行く気になったか」
 こちらの反応が的外れだったのか、嫌な間が空いたまま手についたソースを拭くおしぼりを探すのに御執心だ。今日でこいつが居座って十日になる。
 親父は若い頃から家に居つかず、小さい俺を遊びに連れて出かけるなんてただの一度も無かった。仕事も知らないし、笑った顔を見たことがない。母も忙しなく働き、家を空けることが多かった。それ故に、同じ空間に人が居ると落ち着かない。ましてや他人なら尚更だ。
 カミさんと別れ話になった晩、玄関には俺の荷物が陳列されていた。用意周到な事よりも、三年も暮らしてこんな量かと驚いた。車に運び込んで夜を明かすと、何とかって弁護士のノックに起こされた。
 父親が死んだ事を人伝てに聞くとは思っておらず、遺産がどうのこうのと話されても頭に入らないまま案内されたのがこの部屋だった。ブラインドの隙間からはヤニで汚れた窓が見える。薄らとテープの剥がした跡が「猪熊探偵事務所」と小声を上げていた。
 成り行きで仮住まいとしたこの根城に、ある晩こいつはやって来た。
「カミさんと別れさせてほしい、このままだと殺してしまう」
 よくよく聞けば現役の探偵事務所と勘違いしたらしいが、探偵に頼む内容とも思えない。だが目の前に居るこの見ず知らずの男が、妻に手をかけるかもしれないと思うと放っておけなかった。それがそもそもの間違いだったのだが、この男 はその後—
「すいません、ドアノブが取れました」
 急な声にソファから飛び上がった。入り口には知らない男が確かにドアノブを手にして立っている。そして俺に確認せずにハムを口に運ぼうとしたのを見逃さなかった。
「粗茶ですが」
 気に入らない。粗茶ではあるが、それを言う資格は購入した俺にあるはずだ。
「部屋を片付けてほしいんです、亡くなった母の」
 改めて言うが、俺は探偵ではない。父がやっていたかもしれない事務所跡に越しては来たが。そしてまた片付けという内容が探偵に相応しいとは思えない。こちらが眉をしかめていると
「いえ、そのね。手紙を探してほしいんです」
聞けば母は早くに別れた主人と手紙のやり取りをしていたらしく、生き別れた父にひと目会いたいが手紙がどうしても見つからない。遠回りだが、その手紙探しは人探しでもあるので探偵の本分だろうと。
「手紙の他は処分してもらって結構です」
 そう言って男は住所の書かれた紙と部屋の鍵を置いて出ていった。先払いと伝え損ね、拗ねている奴を横目に考えた。どうしたものか。
「人のだったら出来るかもね、断捨離」
 こいつも同行はするのか、勤労意欲があったのかと仰反った。
 翌朝、住所の場所に行くと一軒のアパートがあった。トタン屋根や磨りガラスの窓が祖父母の家を思い出させる。
 それなりの覚悟で挑んだが、戸を開けると拍子抜けするほど整頓された和室が広がっていた。この部屋でどうして手紙の一つが見つからないんだろう。二人で手分けして引き出しやら何やらを開けて回るがやはり見つからない。
「エロ本ってどうしてた」
 気付けば窓を開けて煙草を吸っている。俺が失くしたと思っていた一箱に違いない。
「大学で一人暮らしを始めてさ、エロ本を隠してたんだよ俺」
「誰から」
「癖だよ、人に見られたくないから」
 言われてみればそうかも知れない。息子より先立つことが分かっていて、そう簡単に見つかる所に仕舞うだろうか。
「でも、何処に」
「ヤクザ映画じゃトイレのタンクがセオリーだけど、お婆さんだとそうはいかない。女の領域だよ」
そう言って台所へ向かうと、調味料やなんかの奥に紙袋を見つけた。中には大量の封筒がいくつもあり、煤けて年季の入ったものから最近のものまで溢れている。
「やっぱりこういう時、俺はビンゴって言わないな」
「分かる、あれは嘘だ」
「彼女もね」
そうやって向けられた封筒にぎょっとした。俺は依頼主の男性に電話をした。一時間と少しでやって来た彼は、封筒を見て俺と同じ顔をした。次の瞬間には嗚咽しながら封筒を抱きしめる。宛名は確かに依頼主の父だったが、どれも不在で返ってきている。手紙を読めば、早くに亡くなった主人に宛てられたものだと分かった。息子の近況や、昔話やなんかを話しかけるように何度も届くはずのない住所に送っていた。
 深々とお辞儀をされ料金を訊かれたが設定していない。丁重に断ろうとしたら
「一万円で良いですよ」
と奴が答えた。どういう神経だろう。
 依頼主は嬉しそうに足早に去った。早く読みたいのだろう。
「焼肉と良いサンドイッチ、どっち」
「まずそこからサンドイッチ代を払え」
「じゃあ、俺の取り分もあるってことだ」
「違う」
大の大人が一万円札を握りしめて押し問答をしていると
「泥棒!」
の大声と共にバケツ一杯の水が飛んで来た。亡くなったお婆さんの家に空き巣が入ったと思われたようだ。
「寒いね」
 そう言ってガタガタと全身で貧乏ゆすりをしている。
「捨てられなかったんだね」
「そりゃそうだろう、思い出まで捨てられない」
「誰かの受け売り?」
「それより、どういうことだ」
「取り分」
 マメなことをするなと俺が吹き出すと、あいつも笑っていた。こんな顔もするのかと少し驚いた。だってこいつは、ついこの間—
「すいません、ドアノブが」
 振り返ると、知らない女が立っている。驚いた拍子に立ち上がると、俺の腰に巻かれたバスタオルが静かに落ちた。背中で笑うあいつが憎らしかった。


■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/一般の方から

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