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令和喜多みな実・野村尚平 写真小説『あの日』

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「パパとママはどうして結婚したの」
 知らない子供に話しかけられたところで目が覚めた。アラームはイライラして切った後みたいだ。どうして結婚したの。好きだから。いや違う、この場合は動機を訊かれているのか。
 歯を磨いた辺りでボディソープが切れているのを思い出して舌打ちした。見られるかどうかは別にして綺麗な下着を選んだ。自分の気持ちが上がればそれでいい。いつものブーツに足を通してつま先を鳴らす。
「パパとママはどうして結婚したの」
 知らない子供が話しかけてきて目が覚めた。アラームが遠くの方で鳴っているので放り投げたらしい。何やねんあの子供。頭痛が痛い。酒、酒、酒。絶対に酒。あっ、頭痛が痛いってあかんのか。ホンマにあかんのか。風呂は昨日の出勤前、夕方に入ったから大丈夫。お決まりの服。悩む時間が馬鹿らしい。
 早くに着いてしまった。先にチケットを買ってしまおうか。奢られると嫌なものだろうか。偉そうに映らないかな。それよりも予習しておいた園内の地図をもう一度、確認しておこう。何事も順序が大切だ。
 絶対に間に合わん。何がどうしたって今の電車に乗っても遅れるのに走る気力もない。歩く度に肝臓にエールを贈る。もっと励め。一応LINEしとこう。
 遅れるのか。よし、チケットは買ってしまおう。
 遅れるって言うたし切符、買って待っといてくれへんかな。
 あっ、来た。うわっ、おる。嬉しそうな顔。
「ごめんね」
「ううん」
 可愛い。
 可愛いって思ってんねやろなぁ。可愛い。
「はい」
「ありがとう」
 良かった、受け取ってくれた。
 ありやーす。
「何から行こうか」
 もう決めてるけどね。
「何が良いかなぁ」
 揺れるのだけ勘弁してくれ。
「コーヒーカップだ。懐かしい」
 先週、練習した通りに回せば高速回転が可能だ。
「ホンマや」
 あかん、あかん、あかん、あかん、あかん。
 あんまり乗り気じゃないのか。
「メリーゴーランド」
「凄い」
 しんどい、しんどい、しんどい、しんどい、しんとい。
「あっ、ジェットコースター」
 殺しにきてるやん。
 おかしいな、楽しみにしてるって言ってたのに。
「アンパンマンの奴、あれにしよう」
 小さい子供が乗る奴なのに、可愛いな。
 あれぐらいやったらいけるやろ。
「すいません、大人も乗れますか。じゃあ、二人で一つずっ」
 これだったら自然な流れで写真に収めることが出来る。
 これやったら無事に完走できる。
「わっ、動いた!思ったより揺れるね!」
 ちょ、ホンマにええって。何やねん、空飛んでんちゃうんかい。揺れんなよ、真っ直ぐいけよダルいなこいつ。わー、帰りたい帰りたい帰りたい。帰るの無理やったらせめて靴だけ履き替えたい。二日酔いで履いてええ高さちゃうわこれ。蒸れるし。臭いやろなぁ。
 下向いてるけど、楽しくないのかな。
「どうだった?」
「童心に帰るとはこの事やね」
 あかん、しんど過ぎて変なこと言うてもうた。
「ねぇ、お化け屋敷あるよ」
「えぇ、怖いなぁ」
 驚いた拍子に吐かへんか怖い。
「二人いけますか?」
 もう何でもええ。地上やったら何でもええ。
「トロッコに乗って探検するんだ」
 揺れるもんしかないんか、ここ。
「お腹すいたね」
 汁物しか入らへん。
「焼きそば」
 いらん。
「たこ焼き」
 もっといらん。
「カレー」
 刺激物なんか、あかんに決まってるやろ。ちょっとは頭使えや。
「あ、スープカレーだって」
「ここにしよう」
 回復しました。ありがとうございます。和風だしと書いてあるだけあって沁みました。いやぁ、それにしても遊園地なんて久しぶりやわホンマにはははと勢いがついた私の口を縫うことは叶わずでも言葉を紡ぎ続けた。気がつけば夕方。彼は言った。
「観覧車、乗ろうか」
 はい、緊張してますね。高い所が苦手やもんね。それでも何で乗るんですか。そうですよね、雰囲気が大事ですもんね。何で雰囲気がいるんでしょうか。おや、会った時から気になってたんですそのジャンパーのポッケえらい膨らんで。何、仕込んでんの。なぁなぁ、何しょう思てんの。
「大人、二人で」
 見たら分かるで。今日なんべんも言うてるけど。なぁ、ほんでどうすんのそれ。
「わぁ、高いね」
 結構、上まで来たで。目つぶって何やねんな。チュウせがんでんの。ちゃうやろ、外よう見ぃへんねやろ。なぁなぁ、どないすんの。てっぺんで言うの。てっぺんでパカってして言うの。なぁなぁ、降りてるで。越えたで。なぁなぁ、終わったで。閉園のアナウンス流れてるで。え、そのまま帰る感じ?嘘やん。あかんて、あかんて。絶対に今日やろ。あんたこれで何回目なん。渡そうとして一日、遊んでそのまま終わって。その度に緊張して、その度に失敗して。いつまでも待ってると思てるん。もう無理や。
「あの」
「...はい」
「......結婚してください」
「......はい」
「パパとママはどうして結婚したの?」
 遂に来たのか、この日が。
 あ、やっぱりこの子やわ。よう似てるもん。
「遊園地でな、デートしてん」
「それで夜になって、ね」
「どっちが結婚してくださいって言ったの?」
「決まってるやんか」


■令和喜多みな実プロフィール
野村尚平(右)、河野良祐(左)のコンビ。
2008年結成。野村の特技はギター/ベース。河野の特技はボイスパーカッション。
2019年 MBS「オールザッツ漫才2019」優勝

令和喜多みな実INFO

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著者/ 令和喜多みな実・野村尚平
画像提供/一般の方から

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