「円錐」「サステナブル」(2023/11/26)

 目の前に大きな円錐がある。

 真夜中に樹海を歩いていると、それは突然現れた。ちょっとした山小屋程度の大きさで、表面はのっぺりとしている。時折、円錐の先端から光が明滅して、その度に外観がはっきりと見える。全面真っ白の本当にただの円錐である。目の前にあるのに、それが何なのか全く理解できない。少なくとも人間が作ったものとは思えなかった。

 奇怪なものを前にして呆然としていると、円錐の中からにゅっと、タキシード姿の人間が出てくる。
「お客さま、どうぞこちらへ」
 明らかに異質な物体から出てきたのだから人間ではないのだろうが、そいつはどこからどう見ても人間であった。中性的な顔立ちに中性的な声、髪を一つ括りにしていて、さながら執事かホテルマンかといった出立ちである。
 不思議と恐怖心はない。なんとなくそいつの指示に従って円錐の中へ入ってしまった。

 円錐の中は外観と同じく全面真っ白で壁も天井も見当たらない。私を招いたタキシードはつかつかと奥へと歩いていく。私にはそこに道があるかさえ判別できない。仕方なくタキシードの後をついて行く。

 歩きながら私はタキシードに疑問をぶつけた。タキシードは滔々と答えてゆく。
「あなたは何者なんですか?」
「私は公務員です。」
「ここはなんなんです?」
「送信機です。」
「送信機?どこへ何を送信するんですか?」
「その説明は後程。」
 タキシードは淀みなく答えるものの、いまいち状況が理解できない。
 私が頭を抱えていると、タキシードが歩みを止めた。
「着きました。」

 タキシードの目線の先に黒い点が見える。タキシードは私の方へ向き直った。
「お客さま、一から説明しますのでよくお聞きください。私はあなたの星ではない遠い星の公務員です。私の星では昨今エネルギー源の枯渇が問題視されており、様々な解決策が議論されました。結果、人類をエネルギー源とする発電方法が最も効率が良いという結論に相成りまして、お客さまは私どもの星のエネルギー源となっていただきます。」
 タキシードはすました顔でそう言い放ったが、頭が追いつかなかった。人類がエネルギー源になる?遠い星でそういった技術が確立されたまではまだ良いとして、なぜこの星の、この私を?そして、どうして人類をエネルギー源とすることが良しとされているのだろう?私はまた質問を投げかける。
「ちょ、ちょっと待ってください。この送信機?がどう考えてもこの星のものではないので宇宙人というのは信じられますが、人類がエネルギー源ってそんなこと許されるんですか?見たところ私の星と変わらない見た目をして、変わらない環境のように思える。となると人類をエネルギー源にするなんて許されないのでは?」
 タキシードは当然のように答える。
「ええ、もちろん人の命を奪うことなど私の星でも許されてはいません。ただ、それは私の星に限った話なのです。別の星の生命体に人権は認められていないため問題ありません。」
 命を奪うことになんの抵抗もなさそうなタキシードの態度に、苛立ちとも恐怖とも言えないような感情が沸々と湧いてくる。私は質問を続ける。
「なぜ正直に説明するんです?」
「我々はこの星の政府と密約を交わしております。この星の人類を提供しても良い代わりに、条件がいくつかありまして。その関係で我々はエネルギー源となる方からの質問に全て答える義務がございます。」
「なんなんですかそれは。なぜ私が選ばれるんです。そんな説明を聞いて、素直にエネルギー源になろうと思うわけがない」
「嫌なのですか?」
「それは嫌でしょう。」
「なぜ?」
「なぜって、自分の命が軽んじられてるんだから当然だ。」
「何をおっしゃいますやら。」
「は?」
「だって、お客さまはこの樹海に自殺しに来られたのでしょう?」

 そうだった。私は自殺をしに樹海を歩いていたのだ。では、良いのか?どうせ死ぬくらいなら、誰かの役に立ったほうが。いいや、利用されているようでなんだか癪だ。断固拒否する。死くらいは自分で選びたい。
「確かに私は命を絶ちにこの樹海へ来た。でもあなたたちに利用される筋合いはない。悪いが帰らせてもらう。」
 私がそう言うと、タキシードはやはり顔色を変えず私に言い放つ。
「……残念ながらお客さま。あなたに拒否権はございません。私どもはきちんとルールに則っております。恨むのなら、人権意識の低いこの星の政府を恨むことです」
 タキシードが言い終えると、突然体に力が入らなくなっていく。何が起こったのかはわからない。私は膝から崩れ落ちて倒れ込む。なんとか頭だけタキシードの方を向き、声を絞り出した。
「嫌だ……」
 するとタキシードは言う。
「お客さま、サステナブルな社会にご協力ください。」
 タキシードの横の黒い点をよく見てみる。そこにあるのは、どうやら星空らしかった。おそらく円錐の先端だ、穴が空いていたのか。そう思った瞬間に、空間が眩く光った。



お題提供:ピカソケダリ メロス(円錐)/ポポポ(サステナブル)

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