夢を見るときは気分を明るくして現実から離れて観てくださいね

この前『少女歌劇レヴュースタァライト #3 Growth』を観劇してきました。
しかもうち1回はど真ん中の一列目!きらめきを浴びに浴びてきました。

今回のテーマはサブタイトルにもあるように、彼女たちの「成長」を描いていました。
進路に対してどう考え、何を決めていくのかというのは劇場版でも扱っていましたが、舞台版は彼女たちの内面に寄り添った会話劇のように感じました。

スタァライトの説明を簡単にすると、
聖翔音楽学校という優れた演劇人の養成をする学校で俳優を目指す9人の舞台少女のお話です。
スタァとしてきらめくために、時にぶつかり傷つきながらも、
夢に向かって努力する青春を、アバンギャルドな演出で描いた意欲作です。

舞台少女であるが、まだ「舞台女優」のスタートラインにも立てていない
と劇中であるキャラクターが語るのですが(まどマギの魔女と魔法少女の説明みたいで好き)
自分たちが何を目指して、その理由は何かという
まさに就職活動の面接で自己PRや志望動機で使う内容を
舞台の物語のなかで彼女たちが作っていく様子を体験できます。

採用担当として日々学生たちと向き合っている身からすると、
何にでもなれる金の卵たちのキラキラした輝きが妬ましくなります。

人事という職は社会に出てから「なんか楽そう」という理由で憧れられるというのは前の記事で書きましたが、そもそも報道に携わりたかった自分からすると自分の考えを表現する職業に憧れがありました。

(テレビが広告媒体という意識がなかったので、キー局の政治局長に
「テレビ以外だったら君はどこでも活躍できるけど、テレビは向いてないからやめな」とインターンの優秀者が集まる会食で言われて、結果その通り全落ちしました)

今思うと、強すぎる憧れから「やりたいこと・できること」の区別がついていなかったのかなと戦略ミスに気づいたのですが、今となってはどうでもいいことです。

マスコミ塾に通っていた仲間や大学の友達のほとんどがマスコミ関係に就職したことで、ぼくの「何かになれなかった」劣等感が社会人になってからより大きくなりました。

企業の人事という「学生を”普通の社会人”に仕立て上げること」を仕事にしていると、キャリアを積むたびにどんどんつまらない人間になっていく気がするのです。


そんな中で、スタァライトを見たときに
自分の憧れと挫折でマスコミへの劣等感を抱き続けて溺死するよりも、
今自分ができる範囲の中で夢を新しく持って再生産しようと思えました。

なので、エッセイを始めたり、youtubeを友人と始めてみたり、、、
すると、今まで劣等感からの逃避で浸っていたコンテンツも
自分の糧として違った視点で楽しめるようになってきました。

「何者か」になりたかったけど、それは肩書ではなくて生き方だと思うので、「何かをしている人」であり続けようと思います。

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